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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第24話

 クララは青空いっぱいに広がる大気を、まるでたったひとつの塊のようにして捉えた。それはちょうどバルコニーで見渡す限りの聴衆の心を捉える王に似ていた。それに比べれば、カヤは、目の前の相手に語りかけるので精一杯のひよっこだ。
「クララ様は、なぜ女王になられなかったのだろうな……」
「は……?」
 カヤは歩みをとめた。
 スーラ族全員の歩みが止まった。
 カヤを囲むようにスーラ族がいる。カヤはこのときになってようやくスーラ族が自分を逃がさないようにしているだけでなく、護衛するように歩いているということに気づいた。護送というべきだろうか……。
「クララ様は偉大だった。あの方なら、あああ、あの方なら…………」
 スーラ族が周囲の人目も憚らず声を上げて嘆いた。
 カヤは驚いた。母から、スーラ族は感情を表にあまり出さないと聞いていたのだ。そして実際にこれまで見たスーラ族の誰もがそうだった。
 が、スーラ族の族長らしき人物以外のスーラ族たちも、クララの話が出ると、途端に涙もろくなったようだ。涙はたぶん流していないし、声も上げない。けれど、ひどく悲しんでいるのが、カヤにもわかった。
「母をご存じなのですか?」
「よく存じております」スーラ族の族長の言葉は丁寧なものになっていた。「彼女から力の使い方を習いました――そしてその先に広がる道を――道を指し示して下さった」
 カヤは首を振る。
 母がそんなことを言うとはとても思えなかった。きっと誤解だ。
 母は道など、存在してもしなくてもどっちでもいいと考える人だった。むしろ、自由を好んだ。
 たとえば野原に小道がある。
 母は気が向いたときには小道を歩いた。
 けど、気が向かなければ小道から外れ、草原を歩いた。誰かの作った道など気にせずに。
 母は広い広い空が大好きだった。
 大地のようにあちこちに歪な線が引かれていない空が。
 どこにも国境がなく、自由な空が。
 流浪の民を閉め出そうとする国境のない空が。
 自由を愛する母が、一本の道を示すだろうか?
 カヤは首を振った。そしてスーラ族の族長に聞いた。
「母は本当にそう言ったのですか? 道を指し示したり……とか……」
「ええ! そうですとも!」
 スーラ族の族長は大きく頷く。その周囲にいるスーラ族も頷いた。まるで示し合わせたように頷き方が似ていた。
 カヤは、スーラ族の族長の言葉に対して、ただ一人頷きの角度の浅かったスーラ族に目をとめた。他のスーラ族に比べると少し背が低かった。
「あなたもそう思いますか?」
 声をかけられた少し背の低いスーラ族は、気ぜわしげに何度も頷いた。
「母が空を愛していたことを知っていますか?」
 スーラ族は頷いた。
「母が大地を愛し、悲しんでいた理由を知っていますか?」
 スーラ族は黙った。首は動かなかった。
 それは肯定。
 けど、何も言わない。
 近くに他のスーラ族や族長がいるからだろう。
 カヤは、しばらくこのスーラ族と二人だけで話をしたいと言った。断られるかと思ったが、族長は許した。族長たちは先に進んだ。
 カヤは焼け跡のひどくない場所をさがしたが、……無駄だった。
 このようすだと、アンネローゼとヒルデの癇癪が気になった。もしかしたらまた自棄を起こすかもしれない。
 けど、それよりもカヤは母のことが気になった。
「さきほどの、ええっと、……たぶん族長さんですよね」
 カヤは砕けた口調でしゃべった。その方が話を聞き出しやすいかと思ったのだ。堅苦しい話し方ばかりしていたので、砕けた口調に自分で違和感がある。その上、いくつもの言語を使い分けてばかりいる。いまいち安定しない。
 スーラ族はカヤの言葉に頷いた。
「言葉、しゃべれないの?」
「いえ……」
 意外に若い声。カヤに比べれば長身だが、もしかするとカヤとそう年が変わらないのかもしれない。
「じゃあ、しゃべってもらえますか? 私は聞きたいことがあるんです。まずあなた方の目的です」
「…………」
「しゃべりたくありませんか?」
 スーラ族は頷いた。
 スーラ族らしい寡黙さだ。
 カヤは話題を変えた。
「母、クララに会ったことは?」
「あります」
「母が一番好きなものを知っていますか?」
「空です」
 即答だった。
「一本の道を示すようなことを母が言ったというのは本当ですか?」
 しばらくしてスーラ族は小さく首を横に振った。
「どうして?」
 カヤの声が少し高くなった。
「どうして母の名を騙るような真似をして、あんなことをあの人は言っているの?」
 言うつもりはなかった。もっと考えをまとめるつもりだった。問い詰めてもどうせはぐらかされる。時間をかけるつもりだった。けど、カヤは十三歳で、若さゆえの性急さを自分で抑えることができなかった。
「族長のヌイ様は、クララ様の意思を本気で引き継ぎたいと思っておいでなのです」
 その言葉は、この少し背の高いスーラ族がカヤにしゃべったもっとも長い言葉だった。そして熱がこもっていた。
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