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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第13話

「おいおい、おままごとじゃねえんだぞ……」  
 アッフェが苦笑している。カッツェは「おやおや……」とさも呆れたように言った。
 カヤは、二人の姉の構えを見た。期待していたよりも、腕は悪いように思えた。王国の兵士の水準がかなり落ちているのだろう。半世紀にも渡る、一応の平和は、武力を衰えさせたらしい。
「ダンスなら怪我しないんだろうが、武器を振り回すとなると怪我するぞ、お嬢ちゃん」
 小男にそう言われて、女性としては長身のアンネローゼは嘲笑った。
「子供みたいな背格好の男に言われたくないわね! 顔は老けすぎ! 目は残忍すぎ! とても子供には見えませんけど、……身長だけは子供のようね」
 フン、とアンネローゼは鼻で笑った。
 アッフェが跳躍した。
 一瞬で距離が詰まる。
 アンネローゼはとっさに剣を振ろうとしたが、剣はアンネローゼの手から転げ落ちた。 見ると、アンネローゼの両手から血がほとばしっている。しかも、長いスカートが地面に縫い付けるようにナイフが刺さっている。五本も!
 完全に意表を突かれていた。
 カヤでさえ見えなかった。
 アッフェのナイフはいつのまにか一本になり、その刃を、アンネローゼの顔に突きつけていた。
「へへへ……このままつぶらな目をもっと大きくしてやろうか? それとも鼻をもっと小さくするためにそぎ落としてやろうか?」
 カヤはいつでも《風(ヴィント)》を放てるように精神を集中していた。シャルロットはアッフェとカッツェたちの視界から隠すように後ろに隠していた。
「ほーら、だから言っただろう? おいたが過ぎると……怪我するぞって」
 猛獣使いカッツェは鞭を振るった。素早く動く黒い鞭は、夜にはまず目で捉えられない。
 ヒルデはほとんど棒立ちだった。
 顔は一応、カッツェに向けているが、目は茫然と立ちすくむアンネローゼの方を向いていた。両手から血を流し、剣を取り落として、眼前にナイフを突きつけられているアンネローゼを。
「ほらほらほーらっ!」
 歌うようにカッツェは叫び、嗜虐心に満ちた目を細めた。ライオンのラッテは、主人であるカッツェの興が醒めないように離れて出しゃばらないようにしている。
 カッツェの鞭はまずヒルデのスカートの裾をとらえた。ほんの端だったが、それを引き裂く音は夜の闇の中、響きわたった。
 ヒルデの頬の片側には赤い光が差して、引きつっているのがよくわかった。
 棒立ちになっているヒルデのスカートだけがズタズタにされていく。
 カッツェとヒルデの距離はほんの少しずつ縮まる。
 ヒルデは動けない。目を恐怖に見開き棒立ちになっている。
 カッツェは、ヒルデが持っている槍を落とすために、槍や腕に鞭を振ることもなく、ただ人体にダメージをまったく与えない余分な部分ばかりを狙う。
 カッツェが鞭を止めた。
 ヒルデの腰にはスカートとは名ばかりの布きれがついているに過ぎない。
 この場に男性がほとんどいないことは不幸中の幸いだった。アッフェはこの場にいる唯一の男性だったが、アンネローゼを見つめていて、美しいヒルデの肢体にまったく興味を抱いていないようすだった。その目には、あのエーヴィヒの王都を焦がす炎と同じ復讐の炎が燃えていた。
「ほら」
 カッツェが軽く言って、鞭をヒルデの槍に絡めて、槍を地面に落とした。ヒルデの手からほとんど力が抜けていたのだろう。わけもなく落ちた。
 ヒルデは無傷で、けれどすぐには立ち直れそうもないほどの精神的打撃を受けていた。
「ん?」
 ふいにカッツェの足が止まった。そして足元を見た。
 カッツェのようすに気づいたアッフェも足元を見た。
 霧が出ている。カヤの《霧(ネーベル)》だ。その霧はカッツェとアッフェに気づかれたのと同時に急激に濃くなった。
 アッフェとカッツェが身の危険を感じ、アンネローゼとヒルデから距離を取った。
 その《霧(ネーベル)》を無色の刃、《風(ヴィント)》が駆け抜けた。
 カッツェとアッフェは巧みにその《風(ヴィント)》をかわした。
「ほう……」
 カッツェの声が響く。
「これはこれは……」
「こいつはたまげたぜ」
 アッフェの声が響いた。
 カッツェとアッフェは二人とも太い枝に飛び乗り、上からカヤたちに声をかけていた。
「なんでそいつらとそっち側にいる?」
 アッフェは心底不思議そうに言った。
「私は、王女です」
 カッツェが大笑いした。
「王女?」甲高い声。「王女だってさ。聞いたぁ、アッフェ? 黒髪のそんな髪の短い王女――まるで白鳥に混じったカラスじゃない」
 カヤは真っ赤になった。彼女自身、感じていたのだ。
「なあ、一応、言っておくが、そっちにいるんなら、俺はそいつらと一緒にお前もやらなきゃなんねえ。出来る限り同胞は討ちたくない」
「どこの出ですか」とカヤ。
「俺のことよりもあんただ。あんた、その髪なんか、どう見ても流浪の民のもんだろう? あんたなら定住の地を探そうとして、王国の奴らにどんな酷い目にあわされたか、よく知っているはずだあな、……だろ?」
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