ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
目次

第10話

 カヤは力を知らないアンネローゼに少しだけ驚いた。
 たしかに力は国家の戦力としてはあまり現実的ではない。素質を必要とし、使える者が少ないのだ。それに、かつて強力な力を持っていた巫女がいたにも関わらず、ある流浪の民はほとんど滅び去った。圧倒的な物量による人海戦術の前に完全に破れ去ったのだ。それでも、それは数千単位で攻めればの話だ。このピエロのヴァールも、完全武装して、糧食の補給も完璧な軍隊が、戦略戦術を駆使すれば、おそらく倒せるだろう。けれど、この会場に駆けつけられる数十人単位の兵士では死体が増えるだけだ。
 ピエロのヴァールは、何かを待っているかのようだった。
 ふいに、大地が轟音と共に揺れた。
 建物が倒壊する音と爆発音と地響き。そのどちらもとても遠い。けれど、カヤは悲鳴さえ聞こえた気がした。何が始まったのか理解したのだ。
「なに!? 何が起こってるの!? 外よね、カヤ……?」
 アンネローゼはヒルデを支え直した。
「はい、お姉様。たぶん、竜と火薬。しかも対象は……」
 カヤは言いよどんだ。おそらく無辜の民。王都のあちこちで炎が上がっているだろうと想像したが黙っていた。
 アンネローゼは黙った。カヤの短い回答と顔色を見て、同じ結論を浮かべたのだ。
「お待たせ致しました」ピエロはゆったりと笑みを浮かべた。「パーティーの第二幕が始まりました……いえ、サーカスと呼んだ方がよろしいかな? こうして、いまも私は道化を演じているのですから。《そよ風(リュフトフェン)》、《風(ヴィント)》」
 ピエロのヴァールが立て続けにそう言うと、ヴァールがお手玉の代わりにしていた国王ローレンツ二世のバラバラ死体が宙を飛び、あのサーカスでの芸のように、赤い花びらへと変わった。それが会場一杯に降りそそいだ。
 アンネローゼにも気絶したヒルデにもカヤにきつく抱きついているシャルロットの巻き毛にも、カヤの頬や唇にもそれは降りそそいだ。
 異様な空気に包まれた。
 誰もが目をカッと見開き、呼吸さえ忘れている。
 そんな中、ピエロのヴァールだけが平静でゆったりとした足取りで壇上から下りようとしている。
 エーヴィヒ王国の王都を破壊する音がホール中に響き渡っている。
「さて、本当のパーティーの、サーカスの時間だ!」
 ピエロのヴァールがそう叫ぶと、静寂は逃げ惑う人々の絶叫の嵐に代わり、人々はヴァールから離れようと逃げだした。ヴァールがまた《風(ヴィント)》を放つ。シャンデリアが落ちる。柱を穿つ。絨毯が裂ける。まるで火の輪くぐりの芸を仕込まれる猛獣のように人々は突進して無我夢中で駆け抜けた。
 カヤはシャルロットを抱きかかえ、アンネローゼはヒルデに肩を貸した。ヒルデは目を覚まし、なんとかふらつきながらも逃げ回った。
「《風(ヴィント)》」
 カヤは姉妹たちと一緒に、ピエロのヴァールに背中を向けていたが、想像通りの攻撃がきたので、素早く反応できた。
「《暴風(シュトゥルムヴィント)》」
 カヤの力により編み出された《暴風(シュトゥルムヴィント)》は、ヴァールの飛ばした《風(ヴィント)》を打ち消した。
 カヤやアンネローゼの周囲の人間が細切れになる。美しい色とりどりの衣装は鮮血の赤に彩られ、足は血だまりに滑りそうになる。
 ピエロのヴァールの放った《風(ヴィント)》はホールいっぱいを対象としたもので、攻撃は散漫だった。中には周囲の人を盾にして逃げる者もいる。
 カヤはどうやらまだ自分達がヴァールに見つかっていないか、この場で殺すつもりがないとわかり駆け出した。
 シャルロットにも走ってもらい、ヒルデも懸命に走った。
 混乱の中、放たれたカヤの《暴風(シュトゥルムヴィント)》に気づいたのは、アンネローゼだけのようだった。アンネローゼの瞳には畏怖の情が窺えた。


「お姉様、近くに衣装部屋はありますか? 逃げるにしてもこの服では目立ちすぎます」
 カヤは城の外の激しい倒壊音や城の中の絶叫に負けないように大声で、アンネローゼに言った。
 なんとか懸命に走ってピエロのヴァールのいるパーティー会場から遠ざかっていたが、アンネローゼは茫然自失としていたらしい。惚けたような顔で、カヤをしばらく見てから「……そ、そうね……」と頷いた。
 カヤはシャルロットをほとんど抱えるようにして走っている。それでもヒルデやアンネローゼよりも早い。カヤ以外の三人は完全に混乱して状況が飲み込めていない。対応できないでいる。
「カヤ、あなたって、本当にすごいわ」
 本気で感心したようなアンネローゼ。その隣で走るヒルデもうんうんと何度も頷いている。
「そんなことありません」
「そんなことあるわ。あなたがいなかったら、私たち三人とも、あの場で殺されていたかもしれない」
 アンネローゼはしばらく走ると「次の角を右」と叫んだ。
 アンネローゼが先頭を走り、衣装部屋に案内した。
 カヤはヒルデを見た。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。