ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
目次

第7話

 ローレンツ二世は本物の乱世では生き残れなかったのではないかと思える程、穏やかな性格だった。
「カヤ、……クララのことはとても申し訳なかったと思っている」
「はい」カヤはうなずいた。そのまま顔を下に向けた。脳裏に病床の母の姿が甦る。母は夢うつつに「ローレンツに会いたい」と呟いた。そのたびに、カヤは王をさらおうかと本気で考えた。言うまでもなく大罪であり、死刑になるかもしれない。それでも一目会わせてあげたい、そう何度思ったことだろう。
 ローレンツ二世に会ったら怒鳴りつけてやろうと思っていた。だが、クララの死を告げると、彼は、彼女のために泣いたのだ。そのときのことを思い出すと、カヤは涙が出そうになる。
「お父様」カヤは顔を上げた。「私の母は、お父様のことが大好きでした。愛しておりました。けれど、それを悔やんだことなどなかったと思います」
「そうか……」
 今度はローレンツ二世がうなずき、顔を伏せた。
 顔を上げて、一転して明るい表情を見せた。なんとか暗い雰囲気をパーティーに引きずらないようにしようとしているのが、よくわかった。
「カヤ、パーティーを楽しんでおくれ。姉たちによく言ってある。何かあってもフォローしてくれるだろう。礼儀作法についても、とりあえず問題ないはずだ」
「はい」
 カヤは王宮に招かれるまで草原を馬や動物たちと駆けていた。ここのところ王族としての礼儀作法を習い、王国の公用語も習っていた。王国の公用語は一応知っていたが、王族として十分なほどではなかった。身分の違いによる修辞なども厳密な区別があり、覚えることはたくさんあった。だが、カヤは流浪の民の複雑な言語をいくつも習得しているほど頭が良い。短期間のうちに公用語も完璧に習得するであろう。
「姉たちから何か言われたかね?」
 ローレンツ二世の声が小さくなった。
 これが本題だ、とカヤは直感的に思った。
「いいえ。多少、新しい妹ができたことに戸惑いを覚えていらっしゃるみたいですけど……」
「そうか……」
 ローレンツ二世はひとつ頷き、
「実はな、カヤ。嫌がるお前を無理矢理こうして宮廷に迎えたのにはそれなりに訳がある」
「訳?」
 カヤは不思議に思った。どうやらこちらの方が本題らしい。
「どういうことです? お父様……」
「大戦から五十年経ち、外敵も少なくなった。つぎに何が問題になると思う?」
「外部の敵がいなくなったため、内部の敵対する者同士が争うということですか?」
「ああ……。幸いこの国は蓄えも多く、自然やその他のさまざまな要因に恵まれている。だからすぐに富を取り合うというような事態にはならないと思う」
 恵まれているのは、ほんの一握りの人間だけだと、カヤは思ったが無言で頷いた。
「例えば、カヤ。これは少し先の話になるが、アンネローゼとヒルデが結婚したら、その婿が争うかもしれない。また例えば、わしの孫たちや、さらにその子供たちが喧嘩をするかもしれない」
「どれもこれも可能性ですわ、お父様。未来を憂いても仕方がないように思います」
「そうだな。けれど、カヤ――お前が――お前というエーヴィヒ王国の姫がいてくれるだけで、無用な争いは減るのではないかと思う。もちろん、カヤが努力してくれれば、という虫の良い話なんだが……」
 カヤはなんとなく分かってきた。
「カヤ、お前は頭が良い。幼少期から城の外の大地で生まれ育ち、王族にはない柔軟な視点がある。大地のように広い心もある。城の中に住み、城の中ばかり見ている人間にはどうしても欠けてしまうものを確かに持っている。それに複雑な言語を読み解けるほど記憶力も良い。それに富に目がくらむこともまずないだろう。そして強い」
 カヤは最後の言葉にだけ、否定の気持ちを込めて、首を左右に振った。
「母はもっと強かったです。お父様が、かつて母が、蛮族に襲われたお父様が率いていた王国軍を救ったような活躍を、私にも期待されているのでしたら、…………それはちょっと無理なご相談です」
「まだ十三歳だ。これからいくらでも力を身につける機会はある。……この王国は戦争の歴史から生まれた。戦争につぐ戦争によってだ。結果、残った人間たちの闘争本能や戦闘能力――もしくは指揮官としての能力が先天的に高い……そういう人間ばかりが生き残って交配を続けたのだから、当然だがな」
 カヤはローレンツ二世の言葉を推し量るように見た。
「たとえばな、カヤ。お前から見たらほんのひよっこかもしれんが、アンネローゼとヒルデはすごいぞ」
 その声には静かな畏怖の情が混じっていた。
「アンネローゼの剣は騎士団長にも劣らない。それにまだまだ鋭くなるだろう。ヒルデもそうだ。彼女の槍も馬術も、凄まじいものだ」
「女として、ではなく?」
「ああ。男と比べても遜色がないどころか、上回るほどだ。それにあれでなかなか才色兼備だと思う」
 カヤは二人の姉を思い浮かべた。そして頷く。
「しかし、性格に少々難があるのもまた事実だ。また、富は目をくらませ、正常な判断力を失わせることもしばしばある」
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。