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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
目次

第2話

 さきほどシャルロットが言ったのは作り話ではない。たった五十年前には竜は兵器として使用されていたのだ。
 五十年ほど前まで、この王国は、流浪の民とたびたび大きな戦火を交えていた。数に勝る王国軍は人海戦術で勝利を重ねたが、流浪の民には不思議な力を持つ者がいた。歴史に名を残すほどの存在もいる。特に竜使いの巫女の異名を持つ少女は竜を操ることができ、また流浪の民の一部の人間が行使できる不思議な力も持っていた。彼女は先頭に立って戦った。その存在は王国の兵士を震え上がらせ、ある戦では、そのおかげで流浪の民を一掃しようとした王国の虐殺から、なんとか非戦闘員の流浪の民たちは逃げ延びることができた――そういう王都の学校では絶対に教えない歴史もある。
「民衆は怖くないのかしら……」
 カヤは思わず呟いた。
 その呟きを聞き咎めた長女のアンネローゼはカヤを見た。
「怖いの。カヤ」
「はい。お姉様」
 お姉様と呼ばれると、アンネローゼは一瞬眉をしかめた。だが、ちらりと、父であるローレンツ二世を見て、表情を平静に戻してから、すまして言った。
「王族としての立場をお忘れなのではないかしら?」
「どういう意味ですか」
「下世話な庶民の女のように、こわいこわいときゃあきゃあ言うのは品がないと言ったのです」
 言い方は辛辣で言いがかりとしか思えないセリフだった。けれど、カヤは黙って頷き、思い直したように、
「ご忠告ありがとうございます、お姉様」
 とつけ足した。
 アンネローゼは怖い目でカヤを見つめた。何か言おうと口を開いた。だが、次女のヒルデに軽く手を握られたので、開いていた口を閉じた。
 カヤはそんな様子から視線を外し、また街を見下ろした。
 街の人々が視線を向けているのはサーカス団ばかりではない。
 バルコニーにいる王族たち――つまりカヤたちにも向けられている。それはサーカス団に向けるような不躾で好色なものを含んだものではなく、純粋な、あるいは単純な尊敬だけだ。盲信だとカヤはその視線を見て思った。そんな風に少し苦い気分になるのは、彼女に向けられる視線だけ、他のバルコニーに立つ王族に向けられるものとは異質だったためもあるだろう。
 カヤの髪は短くて黒い。王侯貴族の女は皆、豊かなブロンドをなびかせている。カヤの姿は白鳥の群れに迷い込んだカラスのように目立っていた。
 彼女を見つめる民衆の目には、侮蔑の色がはっきりとある。
 それは全人格を否定するほどのものだったが、彼らは彼女がどんな人間か全く知らない。こうして王族の一員として公式の場に出席したことさえ初めてだったのだ。
 ローレンツ二世の計らいで、この場にはごく近い血縁の者六人だけが集まっている。
 カヤの父はローレンツ二世だが、母は、他の三人の娘と違う。黒い髪と黒い瞳をもつ、流浪の民のひとりだった――。 

 中央広場に巨大な特設テントがあった。サーカスのために張られたものだ。巨大といっても、さすがに竜を何体も入れて芸をさせる広さはない。だが、何千という観客を収容できる。
 そのテントの中にすでに千人ほどの観客が詰めかけていた。皆、豪奢な服を着ている。初日は一般公開されず、王侯貴族や富豪たちのために開演されることになっていた。
 そこにカヤと王、それに王妃と三人の姉妹たちもいた。
「広いわ、広いわ、お母様!」
 最年少のシャルロットが大声を上げた。椅子の上でぴょんぴょん飛び跳ねる。
「シャル、もう少し静かになさい。ここには大勢のご親戚の方々やお知り合いの方々が見えているのですからね」
「はい、お母様!」
 元気よくシャルロットは返事した。しかしすぐにまた天井を見上げたり、中央の砂地のホールを見たりして、たまらなくなって叫んだ。
「ふしぎね、ふしぎな感じね、お母様!」
 もう王妃は何も言わずに黙って微笑んだ。そして飛び跳ねるのだけはやめさせようと、小さなシャルロットを引き寄せて、そっと肩に手を置いた。
 赤と黄の花が並んで咲いているかのように華やかなアンネローゼとヒルデの席。彼女ら二人も、このふしぎな空気に興奮しているらしく、頬がうっすらと赤くなっている。
 ローレンツ二世だけはすこし硬い表情をしていた。カヤは父に訊ねた。
「お父様? どうかなされたのですか?」
「ああ……、いや」
 彼は軽く首を振り、カヤの方を向いた。
 娘の真剣な眼を見ると、安心させるように微笑みを作った。
「ただなんとなく、な」
 カヤは、父のどこか固い雰囲気を察して、もしかしたら自分と同じ事を考えていたのかもしれないと思った。
 竜……それにトラやライオンといった獣たち。そして芝居に使う火薬やナイフなどの刀剣類。本来、これらを大量に王都に持ち込むことは難しい。サーカス団に紛れ込ませればいくらでも運べるだろう。こんなことは王都始まって以来かもしれない。一応、今は平和だ。けど、戦を重ねてきた王族の血が、おだやかならぬ気持ちにさせているのかもしれない。
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