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泡沫

原作: その他 (原作:刀剣乱舞) 作者: うさみ
目次

#過去と、未来

 どれだけ探し回っただろう。
 エノシマが闇に包まれた頃、俺の身体は突然光を帯び、本丸に帰されていた。なにをする! どの刀だ。強制送還などと、ふざけるな。俺は、主を探すのだから!
 本丸に上がり込み、どこのどいつだ! と声を荒げる。しかし、いやに静かだ。生きた肉体の気配、というものがない。広間に入ると、足に何かが当たった。暗くて何も見えない。灯をともし、俺は絶句した。
「……ッ!」
 刀が落ちている。俺たちの本体が、無数に床に落ちている。燭台切と太鼓鐘貞宗が、折り重なるように落ちていたり、縁側に三日月と鶯丸が、綺麗に並んで置いてある。どこを見ても、俺たちの心臓が、ただ、落ちている。
「この本丸は、消滅しました」
 背後からの声に、どういうことだと詰め寄る。こんのすけは、表情の読み取れぬ顔で、信じたくもない事実を話す。
「主様が、この世から消えてなくなったからです」
「寝ぼけたことを! そんなはずがないだろう!」
「どうしてへし切長谷部だけが残ることができたのか。クダギツネは、この有様を政府に報告して参ります」
 その声は、ひどく気落ちしていた。当たり前だ、懐いていた主がこの世からいなくなったのだから。
 ーーまて。俺は今、主の消滅を認めたのか?
 そんなことはあってはならない。なんて愚かなことを考えたのだ。俺は、永劫主のそばにあるのだ。あの、ぼんやりしていて、それでいて溌剌として、よく食べて、昼寝が大好きな、あの、愛しい主と。
「主……!」
いや、本当はわかっている。持ち主の人間がーー長政さまが、亡くなったあの時と、胸にこみ上げてくる気持ちが酷似している。理屈ではない。死んでしまった。わかるのだ。刀と人、モノと持ち主、その間に通う絆で、目に見えなくても、泣きたいくらい、わかるのだ。
「それでも、俺は認めない。認めたくない。俺は、俺だけは、ただの刀に戻っていない。彼女の何かが、まだこの世に残っているのだ」
 手が冷えて、ジャケットのポケットに手を突っ込む。そして、青ざめる。ポケットの中には、なんの感触もない。主からもらった、メッセージプレートをなくしてしまった。なくしてしまった! 彼女がくれた、最後の贈り物だったのに! なくさないでね、と言われたのに。蹲った。刀が散らばった広場で、ただ、膝を抱えていた。
 何日かが、そうやって過ぎていった。不思議と、腹も減らないし、眠たくもならなかった。俺は、彼女の姿を、声を、感触を思い出しながら、もっとだ、もっと他にないのか、と貪欲に彼女の断片を探している。
 消えてしまった人を、探している。
 落としてしまったモノを、探している。
 そんな中、ふと、主の一言が頭に弾けた。
 ーー絵本がどうとか、言っていなかったか?
 灯りを手に、主の執務室に入った。苦しくておかしくなりそうな気がして、この部屋に足を踏み入れることができずにいたのだ。
「人魚姫……?」愛らしい少女の表紙を眺めて、そこに書かれた文字を読む。
 俺は、一頁ずつ、慎重に絵本を読み解いた。
 ーー普通、逆なんだよね、あの童話は。
 人魚姫は、陸に上がって声を失った。主とは反対に。
 ーーお姉様の気持ち、わかるよ。こんなの、できるわけないじゃん。
 ナイフで王子を殺せなかった人魚姫は、海の泡となって消えてしまった。
 ああ、そうか、そうだったのか。主は、人魚姫の妹、つまり、全き、人魚姫だったのだ。
 こんな滑稽な話があるか? 主が、人魚姫だったなんて。人間でなかったなんて。俺も主も、初めから人間ではなかったのだ。
 そして、愛した男を殺せなかった人魚姫は、海の泡になって、泡沫に消えてしまった。
 俺を殺せばよかった! そうすれば、あなたは消えずに済んだのだ! 胸が痛い。あつい。思わず手を触れると、ジャケットの胸ポケットの存在に気づく。そうだ、主の真珠が入っている。取り出して掌に置くと、それは淡い光を放っている。
 ーー長谷部くんは、私の真珠を持ってるから。だから、もう片方のある海と繋がるから。大丈夫だから。
 そうか。海と繋がっているから、俺は消えずに済んでいるということなのか。
 ふと、雷に打たれる思いがした。閃いてしまった。刀剣男士の過去に戻る力を使い、彼女が俺を刺す未来に変えて仕舞えばいい!
 過去に戻れ。戻れ、あの海に、エノシマに!

 気がつけば、俺は荒波の中に放り出されていた。エノシマの海と気づいたが、どうしたものか。泳いだことなんてない。
 このまま溺れ死ぬかーーそう奥歯を噛み締めた瞬間、波間に幼い少女がひょっこりと顔を出す。彼女は驚愕にぱっと目を開き、俺に向かって泳いでくる。
 ーー主!
 主だ。この人魚は、主に違いない。こんな幼い姿でも、見間違うはずがない。
「主、主! 必ず……必ず陸に上がってきてくださいよ! そして俺と出会ってください、未来で……必ず!」
 俺を渚まで運んだ人魚は、不思議そうに首をかしげている。その小さな身体を抱きしめる。
「必ず、俺を迎えに来て……!」
 すべて伝えきることは出来なかった。主の真珠をなくしたのだろう、俺は身体を保っていることができなくなっていたのだ。海の泡に消える俺を見つめ、人魚は無言で泣いている。泣かないでください、愛しい人。けれど、ずっと俺だけを見ていて。過去も。未来も。
 人魚と刀。そんな滑稽な、けれども澄み切った御伽話を、共に作りましょう。何度でも、何度でも。
 お待ちしています。あなたは、俺を迎えに来てくれますから。

#過去と、未来
(おわり)
 
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