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もうすぐ壊れてしまう君へ。

原作: その他 (原作:あんさんぶるスターズ!) 作者: ヒヨコの子
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壁越しの、布越しの

 願いはあっさりと却下されてしまった。
「んあっ、なんでやの? お師さん、俺、ほんまにお師さんを怒らすつもりなんかなかったんよ。信じてや」
 扉と同化する勢いでくっついて声をあげる。大きな声を出すとまた叱られるからと、自然と高まってしまう音量を必死におさえこんだ。
「怒っているわけではないよ。影片」
 結果的にわめいているみかを糾弾するでもなく、落ち着いた声がドア越しに届く。
「ほんならお部屋に入れてくれへん? お話ししたいだけやねん。お師さんのお顔見て、ちゃんと謝らなあかんって思たんや。なあ、お師さん、開けてぇよ」
 誰よりもそばにいたいといくら願っても決して届かない。その事実を扉を介して見せつけられている気がして、蹴破りたいのにどうしてもそれができない自分のこともわかっているから、みかはいっそう泣きたくなった。
「聴こえなかったのかね。怒っていないものに対して謝る必要はない」
「ほんでも……ほんでもお師さん、いつもやったらお小言言いながらでもそばにおらしてくれるはずやのに。こんなん……俺、……俺、お師さんのこと……っ」
 ハッとして、慌てて口をつぐむ。
「僕のことが、なにかね」
 スルーしてほしいところを聞き咎められて、みかの喉はひゅっと鳴った。
「お……お師さんのことがいやだったわけちゃうんよ? あれは、あー……ちょっとびっくりしただけ、ゆうか……んあー、……俺ばかやからうまいこと言われへんけど」
「しつこいのだよ影片。何度も同じことを言わせるな。だいたい、メンテナンスなどいつもしていることじゃないかね。いまさらびっくりしたもなにもないだろう」
「……やっぱり怒っとる」
「怒っていない」
「怒ってへんのやったら、お顔見せてくれたってええねやんか」
「なぜ頑なに顔を見たがるのかね。今朝はなにも言わずに出ていったくせにね」
 思いもよらないところを指摘されて、さらに言い返そうとして吸い込んだ息を止める。
「ん? お師さん、もしかして、朝のこと怒っとるん?」
「ノン! 怒ってなどいないよ」
「それ怒っとる声やん!」
「だったら悪いのかね」
 切り返しがまた思わぬ方向からで、みかは混乱してしまう。
「お師さん。堪忍して? 俺の顔見るのいややろなって思たんよ。お人形のくせに生意気にお師さんの大事な手ぇはたいてしもた俺の顔なんか、見たないやろなって」
「黙りたまえ!」
 鋭い制止の声に遮られ飛びあがった次の瞬間、あれほど頑なに閉ざされていた扉がすっと開かれた。
 嬉しいのに、タイミングが予想外すぎて頭が追いつかない。
「黙りたまえ。影片」
 一転して穏やかすぎるその声音にゾクゾクする。口調と声が噛み合っていない。その表情は、とても一拍前に怒声をあげた人物のものとは思えないくらいに、優しい。
 自分の目が信じられない。これは幻だろうか。宗の目は、まるで最高のお人形を愛でるときのように柔らかいのだ。こんなふうに見つめられたことは、いままで一度だってなかった。彼にはなずなの幻でも見えているのだろうか。
「君は筋金入りの愚か者だね。影片」
 動揺するしかできないみかの頬に、宗の手がそっと触れる。それを遮ることはできなかった。うっすらと微笑んでいる宗の美しい顔に見とれてしまって、そんな余裕などなかったのだ。
「この僕が、僕の人形の顔を見たくないなどと思うわけがないのだよ。それがたとえでき損ないだとしてもね」
「……あ?」
「君は見てくれだけは美しいのだから」
「おん……んあっ? ちょっ、ちょお待ってお師さん……!」
 頬から首筋にするりと指を動かされて、カッと身体じゅうに熱が駆け巡る。昨晩からずっと欲望を燻らせたままでいる自分には速効性の毒でしかない。
「もう触らんとってお師さん、ほんま、いまはあかん……あかんて!」
 だめだと言いながら、腕を振りきったことを謝ったそばから押し退けることもできない。みかは抑えきれずわきあがってくる濁流を止めることができなかった。少しの触れあいであっけなく反応してしまった前を隠すために、上体が不自然に傾ぐ。気づかれたらだめだ。気づかれたら終わる。
「なにがだめなのかね」
 宗の手が首筋から胸を伝い、布越しになでるように触れてくる。視線からその行き着く先がわかってしまって、みかはもうお仕舞いだと悟った。指摘され、軽蔑される。捨てられる未来が見える。
「堪忍してぇ、お師さんっ……」
 宗のためなら自分の未来などいつでも捨ててしまえる。常々そう思っているくせに、彼に捨てられたくないという願望も同じくあって、その比重は常に等しくて、みかには自分で自分が手に負えない。なずなが去ったいま、宗を支えて導けるのは自分しかいないという自負があるから。
 宗の指先が、みかの隠しきれないふくらみに触れた。思わずビクッと震えてしまう。せめて後ずさりして回避したかったけれど、まったく足が動かなかった。
「君は隠しごとも嘘も下手すぎるね。影片」
「……お師さぁん……俺を捨てんといて……」
 両手で顔を覆って必死に懇願する。と、間を置くことなくフッと吐息を漏らされたのがわかった。
「それを選ぶのは僕ではないのだよ。その頭は飾りものかね?」
 てのひらのうちでぎゅっと目を瞑って断罪のときを待っていたのに、それはあまりにも優しく不釣り合いな答えだった。理解できず固まってしまったみかの耳に、身を寄せてきた宗の吐息がかかる。
「これはメンテナンスなのだよ。おとなしくついておいで。影片」
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