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本田とアーサーの記念日

原作: その他 (原作:Axis powers ヘタリア) 作者: 鮭とば
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110年目の

 不意にとある懸念が俺の中に色彩濃く出現した。何の前触れもなかったそれは浮き足立っていた心を一瞬で冷やし、さも以前から居ついていたかのような顔して正論を俺に振りかざして来やがった。
「…記念日とは言え、男に花束ってないだろ…」
 ポツリと漏れた言葉に、摘んだばかりの薔薇が手元で困ったように揺れた。


 本田に会いに行く際、俺は必ず自分の庭に咲いた花を束ねて持って行っていた。季節によって、またその咲き誇り具合に寄って花の種類を変え、本田に渡す。しかしやっぱりというか、色んな花達の中でも俺の国の国家でもある薔薇を渡すことが一番多いのはしょうがないと思う。本田も薔薇が好きなのか、薔薇を持って行けば毎回どの花を渡す時よりも顔を綻ばせて「ありがとうございます」と受け取ってくれているし、また大事そうに花瓶に飾るそのうなじは薔薇の匂いよりも艶やかな色っぽさで――っと話が逸れたが、とにかくその笑顔が見たくて大事な日である今日も薔薇の花束を作っていたのだが、喜んでくれているからと俺は毎回花束を持っていくことのおかしさをかれこれ110年も見落としていたのだ。

 なのに何で俺は結局本田の家の前で花束を持っているのか。

 いや、だってほら、摘んだばかりの大輪の薔薇の周りを心配そうに飛び回る妖精さんを無視できる訳ねえじゃねーか。お前にはできるのか?大きな眼を揺らして「渡さないの?」と見上げてくる妖精さんを。そして何より大切に手をかけ育てて来た薔薇を無下にすることが。できないだろう?だから仕方ないだろ!



「…で。そろそろ賢者タイム終わりましたか?アーサーさん」
 テーブルに突っ伏してもぞもぞ言い訳を連ねていた俺の前に、マイ箸が置かれた。そんなに気にするならば家に飾れば良かったのでは、と心底呆れた表情の本田に俺はその手があったか…と肩を落とした。
「常々感じていたのですが、アルフレッドさんって咄嗟の事態に対処できない時が多いですけど、お兄さんに似たんですかね」
「アル程酷くねぇ・・・」
 唸りつつ返せば、本田がさも面白いと言わんばかりに笑う。
 結局持って来てしまった薔薇の花束は、家の前でうんうん唸っていた俺に気付いた本田の手元に妖精さんが願った通り渡った。本田の細い指先で大事に活けられた薔薇達はどこか嬉しそうに居間に飾られているのが見えるからこれで良かったかもしれない。…駄目だ。またなあなあにしてはならない。本田が気遣いの名人だと知っているんだ、俺は!
「な、なあ、本田。やっぱ次からは花は…」
「夕飯持ってきましたよ。今並べますね。少々お時間頂きます」
「え?あ、お、おう」
 花はもういらないか、と問いかける言葉を封じられたじろぐ俺の前にどんどん大量のうまそうな食べ物が運ばれてくる。どんどんどんどんと。
 …量、ヤバくないか?
 本田が手ずから作ってくれる料理はこの世で一番美味しくて来日の際の楽しみの一つだが、俺も年だし適量に限る。今日が俺らの恋人になった記念日だからとしても、テーブル一面箸の置場もない量は多すぎるだろう。
 もしや今日アルフレッドも来るとか?いや、記念日に他人を呼ぶ程本田にデリカシーがない訳ないし、この量を二人で食べるってことか?
 多少怯んだ俺に、本田はいい笑顔で箸を渡して来た。
「アーサーさん。記念日にと今日は豪勢にしちゃいました。食べて下さいますか?」
「お、おう」
 あまりの多さに目が眩んだけれど、出された食事を、しかも恋人の手料理を無下にはできない。俺は意を決して肉じゃがに箸をつけた。

「ゴ、ゴチソウサマデシタ・・・」
「はい。お粗末さまでした」
 これ、食後のお茶です。と渡された湯呑に口をつけ、きつくなった腹回りを擦る。
 よくあの量食べきったな、俺…。
 空になった大量の皿を感慨深げに眺めてれば、いつもはすぐ後片付けをし始めようと立ち上がる本田が心配気に俺を覗き込んできた。
「すみません。量を多めに作ってしまったんですが、迷惑でしたか?」
「んな訳ない!…確かに、まあ多少きつくはあったがどれも美味かったし、つーか手間かかりそうな料理ばっかでお前大変だったろ?ありがとな」
「同じです」
「へ?」
 何が?と首を捻れば鈍感ですね、と聞き捨てならない返しをして本田は肩を竦めた。
「花束です。毎日面倒見て育てて摘んで花束に纏めて、どれも時間や手間がかかりますよね。確かに頻繁に持って来られると花瓶が足りなくて困りますが、けれど貴方の愛情を感じられて私は嬉しいです。それに、男だから花なんて、とか誰が決めたんですか?」
 だからまた持って来てくれると嬉しいです。
 そう幸せそうに笑った本田の表情に、俺は片手で口元を覆う。ああ、俺って本当に。 
「もっと大事なこと見落としてたんだな…情けねぇ」
「本当情けないですねぇ。もう一つ見落としてますし」
「えっ!?」
「今日記念日なのに、会ってからずっと賢者タイムとか…。美味しい紅茶淹れてくれなければ許しませんよ」
「い、淹れる!淹れさせてくれっ!!」
 慌てて立ち上がる俺を見上げる本田の後ろで、薔薇が揶揄うように揺れた気がした。
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