爆豪の場合
雄英の朝は早い。
それは休みの日であっても変わらない。
敷地内はまだ朝早くだというのに、自主練をしている学生が多数といる。
爆豪勝己はそんな敷地内を寮の中から見下ろす。
自主トレーニングでランニングをしている学生の中には同じクラスメイトもいる。
それを興味なさそうに爆豪は寮にあるキッチンへと向かう。
キッチンでは自分の朝食を作り、共有スペースで黙々と食事をする。
その間にスマホで昨日のニュース記事を読み漁り、世の中の時事を頭に吸収する。
そんな爆豪の隣に同じく朝食を持って現れたのが同じクラスメイトの切島鋭児郎だった。
寝起きのせいかいつもセットしている髪の毛は垂れさがり、知らない人間が見れば「誰?」状態だ。
「はよっす。爆豪」
当たり前の如く、隣に陣をとった切島も朝食、といっても卵かけご飯のみなのだがそれを口元にかきこんでいく。
「なぁ、爆豪。今度小テストあるじゃねぇか」
「おう」
爆豪は切島の言葉に反応はするが、スマホから目を離さない。
ヒーローニュースを一つ残らず確認しているからだ。
「それでさ、今日暇か?」
「あぁ゛?」
何となく切島が何が言いたいか分かった爆豪は不機嫌オーラを隠すことなく切島をにらみつける。
「頼む!勉強教えてくれ!」
己の目の前で手を合わせ頭を下げる切島に爆豪は額に青筋が浮かぶ。
だいたい授業をきちんと聞いていれば切島が爆豪に聞かなくても済む話じゃないのかと、爆豪は思うが、切島曰く、授業を聞いていても理解が追い付かないらしい。
何度か切島の勉強を見たことがある爆豪だが、切島は1から教えたら理解もするし問題も解く。
ただし1から教えるのが物凄く面倒臭いのだ。
「何で俺がそんなことしなきゃいけねぇんだよ」
「頼むよ。八百万に頼もうかとも思ったんだが、あいつ今日は忙しいからって・・・」
それを聞いた爆豪の額に更に青筋が増えた。
「俺があのポニーテールに劣ってるていいてぇのか?」
「あ、いや。そういうわけじゃ…」
ただ、近くにいたからと弁解する切島だが、プライドが高い爆豪はカッと目を見開く。
「教え殺してやんよ!てめぇ、覚悟しとけよな!」
「おぉ!ほんとうか?!まじ助かる!やっぱ持つべきは友達だよな」
爆豪が怒っているのに対して、切島は気にした風ではなくニカッと笑って対応している。
デクが見たらはらはらの展開だが、この二人はこれで上手くやっていってるのだから不思議なものである。
「爆豪の都合のいい時間でいいから。手が空いている時に頼む!」
「そんなもん!今からするに決まってんだろぅが!!」
何をそんなに怒っているのかと問いかけたくなるが、これが爆豪の普通なので1年A組は慣れたものである。
かくして、食事を終えた二人は洗い物を済まし切島の部屋へと向かった。
切島の部屋は一言で言えば暑苦しいものだ。
何故寮にサンドバッグを持ち込んだのかと問いたい。
「てめぇはボクサーにでもなるんか?」
サンドバックを見ながらポツリの呟くが切島は聞こえておらず「え?」と聞き返す。
しかし、すぐに興味を失くした爆豪が切島の目の前に座る。
「で、どこだよ」
どかっと座り、お世辞にも行儀が良いとは言えないような態度で切島に分からないところを聞くと切島はノートを持ち出して指をさす。
「ここの関数が分からなくてよ…。なんでこの答えになるのかさっぱりなんだ」
覗き込むと数学の関数が書かれており、切島自身が導き出した答えにきれいに赤でハネピンがしてあり赤で本当の答えが記されている。
数秒眺めた爆豪は再びピキッと青筋が浮かんだ。
「てめぇ!!なんでこんなイージーミスしてんだ!そりゃあ、答えが違うに決まってんだろ!」
爆豪は切島がミスっているところにビシッと指をさす。
しかし、何が間違っているとまでは教えない。
それは無意識だが爆豪のやさしさだった。
「ん~…」
切島も指摘されたところを眺める。
しかし、すぐに理解できずに首を傾げたりするところに爆豪が助言をする。
「もう一度式から書いてみろ」
言われた通り間違えている関数の式を書く。
そして、時始めてすぐに「あ」と声がもれた。
「ここ移行してるからマイナスになるのか…」
そう、ただのイージーミスである。
ちゃんと見返したり逆算すれば防げるミスだったのだ。
「クソ髪!いつも見直しをちゃんとしろって言ってるだろうが!」
切島は基本的にイージーミスが多い。
それさえなくせば平均点は取れることを爆豪は知っている。
「なんでてめぇはいつもいつも簡単なところでひっかかるんだ!わざとか!?わざとやってんのか?あぁ゛」
「わりぃって。今度飯奢るから、な?他にも教えてほしいところあるんだよ」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ爆豪を宥めながら切島は問題を変える。
いったいいくつあるんだ、と思いながら一度教え殺すと宣言したからには、切島が納得するまで付き合うつもりだ。
切島の部屋を後にしたのはお昼前だった。
意外に時間がかかってしまったとげっそりする爆豪が寮内を歩いていると校門の方でデクとオールマイトを見かけた。
二人でどこかに出かけるらしい。
「…チッ」
オールマイトとデクの秘密を知る爆豪は込み上げる気持ちに舌打ちした。
同じような環境に育った二人だが決定的に違うところがあった。
それは爆豪には個性があり、デクは無個性だった。
それだけで、爆豪はデクを下に見下していた。
しかし、無個性ながらも誰よりも正義感が強く、ヒーローに憧れていた。
そんなデクに爆豪は吐き気さえ覚えていた。
しかし、デクはオールマイトに認められ個性を与えられていた。
あれだけバカにしていた人物が、憧れの人物に認められていたのだ。
デクと俺は何が違う?
何度も己に問いかけたが答えは見つからない。
本当は分かっている。
己とデクは全く違うことに。
爆豪は面白くなさそうにデクとオールマイトから目を離し、再び歩き始めた。
18時頃。
爆豪は訓練場の使用許可をもらいに担任である相澤のところへと向かった。
いつも決まった時間にやってくる爆豪に相澤は「7時半までだ」と告げカギを渡した。
平日だと爆豪以外にも訓練してる学生がいたりするのだが、休日はみんな午前中やお昼の早い時間にトレーニングを終わらせるため休日はほぼ爆豪の貸し切りとなっていた。
新しい技を生み出したり、動きの確認をするだけですぐに時間は過ぎる。
そうしていると訓練場の扉が開く。
誰か学生が来たのかと思ったがそうではなかった。
「オールマイト…」
ひょこと顔を出したのはオールマイトで爆豪がオールマイトに気づいたことにニコニコと笑っている。
「やぁ。爆豪少年。やってるね」
汗を拭いオールマイトに何しに来たのかと尋ねると「君を見に私がきた。…なんちゃって」と照れ臭そうに笑う。
トゥルーフォームで言われてもかっこうがつかないと爆豪は思うがあえて言わない。
「生徒の訓練を見て指導するのも教師の務めだからね」
「いらねぇよ。俺は俺のやりたいようにする」
ふんっと鼻を鳴らし、爆豪は個性を使って飛び立つ。
もしオールマイトが引退しておらず、ずっとマッスルフォームでいられ、力も思う存分に出せるなら爆豪も勝負に挑んだだろう。
実際、1学期の期末試験では力の100%も出せないオールマイトに手も足もでなかったのだから少しでも越えたかった。
しかし、もうそれは無理な話なんだと痛感する。
訓練をしながらチラッとオールマイトを見れば寂しそうに笑っていた。
19時半。
指定の時間。
訓練場の扉にカギをかける。
隣にはずっとオールマイトがいた。
「カギは私が返しておこう」
差し出された手を爆豪は見る。
手は肉付きがなく骨ばっていて、伸びている腕もひょろひょろ。
顔はこけ、体もがりがりだ。
無言でカギを渡し、何も言わずに背を向ける。
「あ、爆豪少年」
オールマイトが呼び止める。
顔だけそちらに向けるとにっこりと笑ったオールマイト。
「出会った時よりも動きが良くなった。新しい技も使いこなせていたね。君はもっと伸びるよ」
爆豪は目を見開いた。
姿は違うとは言え、自分が憧れた人物。
そんな人物に少しでも認めてもらえたような気がした。
「っ!当たり前だ!俺は、あんたさえも超す!」
そうはっきり口にすると再びオールマイトに背を向けた。
オールマイトはその後は何もいうことはなかった。
汗を流し、自分のベッドに横になる。
以前体育祭の1位になった時にもオールマイトから祝いの言葉をもらったのを思い出した。
しかし、あの時は轟への態度にムカついていてオールマイトの言葉ですら耳から耳へと状態だった。
しかし、今日の言葉が爆豪には心に刺さった。
オールマイトが自分だけを見て、自分だけを認めた。
これが何より大きかったのだ。
「ふん…」
鼻を鳴らし布団をかぶる。
『ナンバーワンヒーローになるのは俺だ』
そう今日も呟き爆豪は眠りに落ちた。
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