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ヒーローの卵たちの休日

原作: 僕のヒーローアカデミア 作者: たかじゃー
目次

デクの場合


ジリリリリと頭に響く音が部屋中にこだまする。
手を動かして音の元をたどり、慣れた手つきで音を発するスマホの画面をスライドさせる。
シュッという音と共にはやに静寂が訪れる中、部屋の主である緑谷出久はもそもそと体を起こし「んー」と声を漏らしながら体を伸ばす。
時間を確認すればスマホの画面はAM06:00と示されている。
布団から抜け出し、顔を洗い、着ていたTシャツやズボンを洗濯かごに放り込んでジョギングウェアに身を通す。
最後に鏡で確認をして部屋を出た。
まだみんな寝ているのだろう。
部屋を出た先の寮の廊下はまだ薄暗い。
音を立てないように気を付けながら廊下を歩きエントランスへと向かう。
誰も居ないと思っていた出久だが、エントランスを出た先でストレッチをしている人物を見つけた。

「飯田くん」

同じクラスの飯田天哉である。
出久に気づいた飯田は律儀にストレッチやめ「やぁ、緑谷くん。おはよう。早いな」と挨拶をしてきた。

「おはよう。飯田くんも早いね」

「休みの日だからって怠けてはいられないからな。緑谷くんもジョギングだろう?一緒に走らないか?」

「もちろん」

返事をした出久は飯田と同じようにストレッチを開始する。
ある程度体が温まってから、飯田と共にジョギングを始めた。
他愛もない会話をしながら走っていると、何人かの生徒とすれ違ったり、追い抜いたりする。
みんな考えていることは同じようだ。

「休日でも意外とみんな自主練したりしているんだね」

「ここは雄英だからな。寮も出来たことだし、何かしらみんなトレーニングしているんだろう」

もっともな話をしながらおよそ5キロ程を走って、二人で勝負をしようって話になる。
断る理由もなく、二つ返事し二人で校庭に向かった。
 
「勝敗はどうする?」

飯田に聞かれて緑谷は校庭のトラックを指さす。

「トラック一周、早かった方が勝ちってのはどうかな?」

「うん。分かりやすくていいな!それでいこう!」

グラウンドのスタート位置に二人で並び、互いに顔を見合わせる。

「合図はどうする?」

「勝負の内容は僕が決めたから、飯田くんお願い」

「わかった」

クラウチングスタートの構えを取り、出久は個性を発動させる。

「ワン・フォー・オール フルカウル」

力が体中に巡る。
飯田の合図がいつ来てもいいように神経を集中させる。

「よーい。スタート!」

飯田の合図でほぼ二人同時に飛び出す。
トラック一周は出久のワン・フォー・オールと飯田のエンジンでは一瞬で10秒もかからずゴールしたのだが、それがほぼ同時だったため、走っていた二人には勝敗の区別がつかなかった。

「緑谷くん、また早くなったんじゃないか?」

「そういう飯田くんこそ!前よりもスピードがアップしてるよね」

トラック一周全力で走っても二人は息ひとつあがらない。
互いが互いを褒めながら寮へと向かって歩き出す。
フィードバックをしながらお互いを鼓舞し、寮の入り口で解散した。



トレーニングから帰ってきた出久は浴場のシャワーで汗を流し、部屋に戻ってからスマホを手に時間を確認する。
時間は午前7時をすぎておりチラホラ周りの部屋が騒がしくなる。
だが、出久は部屋の外の音には気にせず、ただジッとスマホの画面とにらめっこしていた。
 その表情は今か今かと子供がサンタが来るのを待ち望んでいる様子だ。

「今だっ‼」

午前8時。
スマホの画面を素早く操作し始める。
たった10秒程で終わった作業の後にスマホに映し出されていた画面は『予約は完了致しました』の文字。
その文字を2度、3度確認して出久は肩を震わせて「やったぁ!」と部屋に響くくらいの声を上げた。

「やった!予約できた!オールマイトの100体限定フィギュア!予約逃したらどうしようかと思ったけど、これで一安心」

ふぅーと息をつきながら安堵の表情を浮かべる出久。
出久の寮の部屋はすでにオールマイトグッズで飾られていて、世間一般にいうオタク部屋だ。
オールマイトのファンとして、この限定フィギュアを逃してなるものかと並々ならぬ意志をもって予約をいれたのだ。
おそらく、数分経った今では予約は終了しているだろう。
そういう世界なのだ。
ニヤける顔を戻そうともせず、今から発売日を楽しみにしている。
誰かと喜びを分かち合いたいが、出久程のオールマイトオタクは中々いない。
話し出しても引かれるのはわかっているので自分一人で楽しむしかないのだ。
にやにやと画面を眺めているとメールが届いたことをお知らせしていた。
メールアプリを開き、送信元を確認してすぐさまメールを開いた。
送り主はオールマイトで中身は時間指定で校門に来てほしいとのことだった。

「どうしたんだろう?」

不思議に思いながらも「わかりました」と簡潔に返事をし、遅刻しないように準備を始めた。






指定時刻10分前に校門へと着いた出久。
校門前に集合ということで学校の敷地外に出るのかもしれないと先に相澤先生に外出の許可をもらいに行けば、既にオールマイトによって手続きが行われているということだった。
少し待つとオールマイトが校舎の方から歩いてくる。

「おはよう、緑谷少年。やっぱり早いな」

「おはようございます。オールマイト。今日はどうしたんですか?」

黒いコートを羽織ったオールマイトは特有の笑みを浮かべて「いいからいいから」と出久の背を押した。
何も教えてくれないオールマイトだったが、出久は首を傾げながらもオールマイトに従う。
学校を出て駅の方へ並んで歩く。
オールマイトは最近の学校生活や寮での生活について興味があるようで、クラスでの出来事や寮で起こったちょっとしたイベントのことを話すと「そうか」とにっこりと笑って聞いていた。
オールマイトの話も聞きたいところだが、彼は教師だ。
どの辺りまで聞いていいのか、正直悩むところだ。
それにオールマイトは大人なのだから、言いづらいこともあるだろう。
出久はうーんと悩みながらも大好きなオールマイトが横にいるのだから聞きたいことはたくさんある。
その中で聞いてもよさそうなことを絞っていると、カシャという音に気づく。
反対の歩道を見れば、オールマイトに向けてスマホのカメラが向けられており、写真を撮っていた。

「…この姿で撮られるのは照れるんだがね」

困ったように笑うオールマイト。
オール・フォー・ワンとの戦いでワン・フォー・オールの灯もを使い切ってしまったのだとオールマイトは言っていた。
その戦いの最中でオールマイトのトゥルーフォームが全国ネットで放送されてしまい、今やその姿でもちょっとした騒ぎになるようになってしまっている。
しかし、オールマイト自身そこまで気にしていないようなので出久が何かを言ったりすることはない。

「前はこの姿でも誰も気づかなかったんだがね」

「オールマイト…」

その言葉が自虐に聞こえてしまい、眉をひそめたオールマイトを見る。
出久の視線に気づいたオールマイトは再びにっこりと笑い「そうしんみりすることじゃないさ、緑谷少年」と出久の背を叩いた。
平和の象徴だったオールマイトが引退した今、ヴィランの動きも活発になってきている。
出久は自分の手を握り見つめる。
オールマイトみたいにたくさんの人を助けるにはまだまだ力不足なのを痛感させられることは多い。
少しでも早くこの人に追いつきたい。
そう再び心にとめ、出久は前を歩くオールマイトの背を追いかけた。






オールマイトが訪れたのは靴屋だった。

「ちょっと店内を見ててくれ少年」

オールマイトは出久にそう伝えるとレジの方へと歩いていく。
言われた通り出久は店内を見て回る。
そろそろランニング用の靴がだめになってきてたはず、といくつか良さそうなものを見つけ手に取って触ったりして確認していると、オールマイトは3分くらいで出久のところに戻ってきた。

「何か気になるのはあるのかい?」

出久の手の中にあるシューズを見てオールマイトは首を傾げながら聞いてきた。

「いえ、ランニングシューズを新調しようかと思ったんですが、また今度にします」

出久は手に持っていたシューズを棚に戻す。

「買い物、終わったんですか?」

「あぁ、もともと予約してたんだ。緑谷少年、どこかでお昼でも食べようか」

オールマイトのお誘いに二つ返事をして出久は再びオールマイトと一緒に横を歩く。
オールマイトが食べたいものを訪ねてきたので好物であるカツ丼を提案すれば、近くのそば屋に決まった。
オールマイト曰く、このお店の丼ものが人気らしく中に入れば多くの人が食事をしていた。
席について注文をして何気ない会話していた時、オールマイトが机の上に先程の靴屋で買ったものが入っている袋を机の上に置いて出久の前に差し出す。

「少年、遅くなったんだが、これは仮免許合格のお祝いだ。受け取ってくれ」

「え!?」

ぱちぱちと瞬きを繰り返しオールマイトを見ればいつもどおりの笑みを浮かべている。

「教師としてではないよ。個人的に弟子である君にお祝いしたいんだ」

「オールマイト…」

じーんと胸に熱が広がる。

「開けてみてもいいですか?」

「もちろん」

出久は確認をとり袋の中から箱を取り出し、中を確認する。
中に入っていたのは、いつも出久が履いている赤が特徴の靴のニューモデルだった。

「お、オールマイトぉぉぉ」

「しぃ!声が大きい!」

ぶわっと涙を浮かべ感激のあまり声が大きくなってしまったのをオールマイトが慌てて口元に指を立てる。
キョロキョロと周りを見れば、出久たちの席の周りにいた人たちが気づいたようでスマホのカメラをオールマイトに向けている。

「す、すいません」

 慌てて謝ると本人は「いいよ」と苦笑を浮かべていた。

「それより、気に入ったかい?」

「もちろんです!家宝にします!飾ります!」

「いや、履いてくれないか?」

オールマイトは違った意味で再び苦笑しながら、出久と出会った時のことを思い出した。
偶然遭遇したヴィランに襲われていた無個性の少年。
正義感だけが強く、頼りなく、それでいて誰よりもヒーローだった男の子が、オールマイトですら驚くような急成長を遂げ続けている。
まだまだ卵の状態だが、羽化した時は彼がヒーロー界を引っ張る存在になるだろうと確信がオールマイトにはあった。

『師匠もこんな気持ちだったのだろうか』

ふと懐かしい顔が浮かぶ。
弟子を持つことによって、ある意味、あの人に近づけただろうかとオールマイトは靴を大事そうに眺めている出久を見てにっこりと微笑んだ。







夜、出久は寝る前に日課である母に連絡する。
オールマイトからもらった靴を棚に飾ってプレゼントしてもらった旨を伝えるとすぐさま返事がきた。

『よかったじゃない!飾らないとね!』

その返事にプッと噴き出す。
昼間のオールマイトとの会話を思い出し、自分と同じようなことを言っている母の言葉を見て『やっぱり親子だなぁ』と嬉しく思う。
靴を眺めていた出久だったがゴロンとベッドに横になり、目をつぶる。
オールマイトの引退は記憶に新しい。
平和の象徴が居なくなった今、ヴィランの動きが活発になりヒーローたちの活動をよく耳にする。

「僕がワン・フォー・オールの継承者…」

平和の象徴から受けついだそれは自分が思っているよりも重い。
それは十分に理解している。
だが、理解しているだけであって自分はまだまだ未熟なのだ。

「僕は…オールマイトみたいにならなきゃ…」

いや、それ以上を目指さなければならない。
そうじゃなければ、出久を信じてワン・フォー・オールを受け渡したオールマイトに胸を張って言えない。

「オールマイト……僕が、きた…」

いつの間にか睡眠という闇に引きづり込まれていた出久の口から零れる。
いつか、みんなが安心できるように、出久はまた明日からヒーローを目指すために学ぶのだ。
そのために今日は英気を養っておく。
明日もならなければならない目標のために始まるのだから。







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