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英雄幻葬譚

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: konann
目次

第拾捌話

そこまで話してジークフリードは一息ついた。

その姿は若かりし頃の過ちを反省する老人のようである。不老不死であるジークフリードの外見は何一つ変わってなどいないが。

「本当はあのまま何もかも拒絶して生きてくつもりだった。俺はもう、誰とも人生を共有できない化け物なんだって。誰かと距離が近づけばその分、お互いに苦しむことになるって思ってたから。……ピクシーがヒルダに見せた幻影の中で偽の俺が語ってたことは、あながち間違いじゃなかったってわけだ」

消え入りそうな声で、まるで独り言のように淡々と自分の意見を述べていく。ヒルダはその様子を怪訝そうに見守っていた。

「でも、駄目だった。理屈じゃないんだ。どうしても捨てきれない想いはいつまでも俺の中に残ってたよ」

 不意にジークフリードはソファから腰を上げた。静かな夜にジークフリードの靴音が響く。まるで誰かの鼓動のように、規則的に。

 魔法陣の描かれた壁の目の前で足を止めた。もう放っておいても数年でこの壁は崩壊するだろう。しかし、これはけじめだ。散々ヒルダを傷つけて突き放して、彼女に謝ることすらできなくなってから何百年も後に、結局彼女に縋りついてしまった最低な自分への。

 自分の手で終わらせる。頃合いは今なのだ。

「いつからか俺は、それを逃げ場にしたんだ。自分勝手もいいところだよな」

「……何を言ってるの……?」

ついに話についていけなくなり首を傾げたヒルダには、寂しげな笑顔を返しておいた。

数百年の時を生きるジークフリードのことをよく知る者は、もうこの世界に彼女しかいない。同時に、彼女のことを知る者も、もうジークフリードしかいない。しかし、あの日と何も変わらない姿でいつでも寄り添ってくれていた彼女が忽然と消えたあと、果たして自分は彼女のことを鮮明に憶えていられるだろうか。

そう考えると、どうしようもなく怖いのだ。

「今まで本当にごめんな。ヒルダ」

発した声は思った以上に震えている。

その震える声で、ジークフリードは昔話を続けた。

          *

 槍を持つ腕が痺れてきた頃、ようやくヒルダは槍を振り下ろすことを止めた。膝から力が抜けたようにへなへなとその場に座り込む。ピクシーの肉体は死肉とはならず、粒子になって空へ散っていき、後に残ったのは血だまりだけだった。座った部分が血に濡れていく不快な感触があったが、今はそんなことを気にしている余裕はない。

「なんで」

 その呟きは、疑問ではなく足掻きだった。現状を糾弾することで何かが変わるのではないかと、一縷の望みに縋ったのである。

 だがそれは無駄な足掻きに他ならない。いくら望んだところで、結局は何も変わらないと彼女は痛感したばかりだった。

 もう彼は手の届く存在ではなく、理解しあえる存在でもない。

それは変えようのない事実だと悟ってしまった。

「……なんでよぉぉ……っ!」

 遂にヒルダは泣き崩れた。誰を恨めばいいのかもわからず、大切な存在との理不尽すぎる決別にただ涙する。

「だって、仲間だったじゃない、私達……不老不死とか、関係な……友達で……私、達……! ずっと仲間だって言ったのにぃぃ……っ!」

 声をあげてまとまらない感情をただただ吐き出す彼女を、ジークフリードは感情のない瞳で見つめている。境界線を色濃くするように、彼はひたすら異質な雰囲気をまとい続けていた。

「今の俺を仲間だって言ってくれてありがとな」

 僅かに開いた唇から、思ってもみない言葉が零れ落ちる。無感動な声は素直な感謝の意を述べていた。

 ヒルダは少し驚いたようにぴくりと肩を震わせたが、やがて一かけらの希望も孕まない声音で答える。

「でも実際は違う。……そうでしょう?」

 ジークフリードは何も答えず、ヒルダは諦めたように項垂れた。

昔から、彼は肯定の意を沈黙で表す。そんな小さな癖まで、昔から何一つ変わっていないというのに。

 ふと、ヒルダは泣き濡れた顔を上げる。人の願望を映し出す森の中で、木漏れ日に照らされた人間が二人。

 一人がもう一人を見上げた。そこにいるのは屈託のない笑顔を浮かべた親友。こちらに向かって手を差し伸べながら、一緒にこの森を抜けようと言って目を細める。頷いた瞬間、シグルスは嬉しそうにヒルダを引っ張り起こした。そして共に、町へ帰るのだ。

そうありたいと願った。

「俺はもう、お前と同じ場所には帰れないから」

 ヒルダを引っ張り起こしながら、ジークフリードは泣きそうな顔をしてそう呟いた。
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