第拾陸話
生傷が二十を越えた頃、ようやくピクシーの群れは全滅した。
人の身の丈ほどしかない赤黒い身体は、ヒルダやジークフリードを翻弄するほどの俊敏さを見せ、長い爪はたやすく巨木に傷をつけた。さんざん暴れまわった末、今は無残な死骸となって醜い身体を地面に横たえている。
「これがピクシー……危険視されるわけだわ」
これが町に下りてきていたらと思うとゾッとする。今は沈静化しているとはいえ、本格的にピクシー対策を練るべきかもしれない。場合によっては王都に近衛の派遣を要請して、さらに防衛線を強化するべきだ。
「ねぇ、提案なんだけど」
早速ジークフリードに相談しようとしたヒルダの言葉は、ジークフリードが彼女を背中に庇うようにして佇んだことにより呑み込まれた。鋭い視線を前方に向けたまま、誰かいるぞとジークフリードが小さく呟く。
また魔物か、とヒルダが槍を構えようとしたとき、前方から……敵がいるはずの場所から聞き慣れた声が響いた。
「ヒルダ」
咄嗟にヒルダは目の前にいるジークフリードを見上げた。しかし彼は眉をひそめたまま首を横に振る。口は引き結ばれていた。
ヒルダは再び前方へと視線を向けた。
風に揺らされた枝葉の間から一瞬光が零れ、敵の姿を照らし出す。
「ヒルダ」
確かにその声は前方の人物から発せられていた。凍てつくような冷たい表情。拒絶を含んだ、苛立ったような声色。何故ここに居るのかと、全身のオーラが語っているようだった。この声を、表情を、知っていた。
そこにいたのは、ジークフリードだったのだ。
「……え? なん……え?」
正面からヒルダを庇うジークフリードに睨まれても、涼しい表情を崩さない。それどころか、ヒルダの目の前に立つジークフリードなどはなから眼中にないというようにヒルダを見つめている。
それはいつか見た酷く冷たい瞳、ヒルダが恐れた排他的な瞳だった。
「ヒルダ! しっかりしろ、俺はここに居るだろ!」
呆然とするヒルダに気付いた優しい瞳のジークフリードが、振り向きざまに彼女の肩を包み込むように手を添えて必死に訴えかけてくる。
「あれはピクシーが作り出した幻影だ! 囚われるな!」
――……幻影?
真正面からこちらを見つめてくるジークフリードを見つめ返したまま、ヒルダは気が抜けたように呟いた。
前方に佇むジークフリードが怖いという感情は不思議となかった。ただ、ぽっかりと心に穴が開いたような空虚な気持ち。間近で感じる彼の異様な空気にあてられた瞬間に境界線がハッキリ見えた気がして、あぁもうどんなにあがいても彼には手が届かないのだ、と漠然と悟った。
拒絶するその視線、その意味。理解などできるはずもなく。
「一緒に戦ってくれ、ヒルダ!」
望んだ言葉が雨のように降り注いでくる。ヒルダはふと視線を優しい目のジークフリードに戻した。
自分の肩を掴んでいるジークフリードの手の上に、おもむろに自分の手を重ねる。パッと明るくなったジークフリードの表情を見上げながら、ヒルダは夢から覚めたような面持ちで口を開いた。
人の身の丈ほどしかない赤黒い身体は、ヒルダやジークフリードを翻弄するほどの俊敏さを見せ、長い爪はたやすく巨木に傷をつけた。さんざん暴れまわった末、今は無残な死骸となって醜い身体を地面に横たえている。
「これがピクシー……危険視されるわけだわ」
これが町に下りてきていたらと思うとゾッとする。今は沈静化しているとはいえ、本格的にピクシー対策を練るべきかもしれない。場合によっては王都に近衛の派遣を要請して、さらに防衛線を強化するべきだ。
「ねぇ、提案なんだけど」
早速ジークフリードに相談しようとしたヒルダの言葉は、ジークフリードが彼女を背中に庇うようにして佇んだことにより呑み込まれた。鋭い視線を前方に向けたまま、誰かいるぞとジークフリードが小さく呟く。
また魔物か、とヒルダが槍を構えようとしたとき、前方から……敵がいるはずの場所から聞き慣れた声が響いた。
「ヒルダ」
咄嗟にヒルダは目の前にいるジークフリードを見上げた。しかし彼は眉をひそめたまま首を横に振る。口は引き結ばれていた。
ヒルダは再び前方へと視線を向けた。
風に揺らされた枝葉の間から一瞬光が零れ、敵の姿を照らし出す。
「ヒルダ」
確かにその声は前方の人物から発せられていた。凍てつくような冷たい表情。拒絶を含んだ、苛立ったような声色。何故ここに居るのかと、全身のオーラが語っているようだった。この声を、表情を、知っていた。
そこにいたのは、ジークフリードだったのだ。
「……え? なん……え?」
正面からヒルダを庇うジークフリードに睨まれても、涼しい表情を崩さない。それどころか、ヒルダの目の前に立つジークフリードなどはなから眼中にないというようにヒルダを見つめている。
それはいつか見た酷く冷たい瞳、ヒルダが恐れた排他的な瞳だった。
「ヒルダ! しっかりしろ、俺はここに居るだろ!」
呆然とするヒルダに気付いた優しい瞳のジークフリードが、振り向きざまに彼女の肩を包み込むように手を添えて必死に訴えかけてくる。
「あれはピクシーが作り出した幻影だ! 囚われるな!」
――……幻影?
真正面からこちらを見つめてくるジークフリードを見つめ返したまま、ヒルダは気が抜けたように呟いた。
前方に佇むジークフリードが怖いという感情は不思議となかった。ただ、ぽっかりと心に穴が開いたような空虚な気持ち。間近で感じる彼の異様な空気にあてられた瞬間に境界線がハッキリ見えた気がして、あぁもうどんなにあがいても彼には手が届かないのだ、と漠然と悟った。
拒絶するその視線、その意味。理解などできるはずもなく。
「一緒に戦ってくれ、ヒルダ!」
望んだ言葉が雨のように降り注いでくる。ヒルダはふと視線を優しい目のジークフリードに戻した。
自分の肩を掴んでいるジークフリードの手の上に、おもむろに自分の手を重ねる。パッと明るくなったジークフリードの表情を見上げながら、ヒルダは夢から覚めたような面持ちで口を開いた。
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