第拾伍話
生臭い血をドボドボと垂れ流しながら全身の筋肉を弛緩させ、魔物は声も上げず絶命する。
「はぁ」
つまらないとでも言いたげに深く溜息をつくと、ジークフリードは魔物の亡骸に早くも興味をなくしたようでそれを遠くへ投げ飛ばした。
「大丈夫?」
家に戻ろうと振り向けば、そこでは一部始終を見ていたらしいヒルダが不安げに扉から顔を覗かせていた。さすが元近衛というべきか、普通の女性が見たら卒倒するような光景を目の当たりにしてもジークフリードの身体を気遣う余裕を見せている。
「大丈夫だよ。俺は死なないからな」
片手剣を鞘にしまいながら笑って言うと、ヒルダがぱちくりと目を瞬かせた。
そう、彼は死なない。何があっても、何をされてもだ。あの肉片となった人間とは違う。魔物の爪に引き裂かれれば容易く死ぬ、人間とは。そう考えると、喉を貫かれて絶命した先ほどの魔物のほうが自分よりもずっと人々に近しい場所にいる気がして、どうにも目頭が熱くなる。
ふと視線をヒルダに戻せば、何やら不満げな顔でジークフリードを見上げていた。何かと問いかけるより早く、ヒルダが口を開く。
「何馬鹿なこと言ってるの。あんなのに襲われたら、いくらあなただって死んじゃうに決まってるでしょ」
不意打ちすぎる言葉に、目頭にあった熱が急速に喉元まで下がってくるのを感じた。真剣そのものといった表情のヒルダにかける言葉も見つからず、ついと視線を逸らす。
(ヒルダはいつだって俺の望む言葉をくれる)
嘘でも心地いい。ヒルダの言葉はいつだって。
だからこそ、彼女の存在を都合の良い逃げ場にしてはならないとわかっている。いつでも幻想の中に彼女を見て……否、縛り続けてきた自分は、いつだったかヒルダに夢見がちで諦めが悪いと形容された。
しかし、いつまでも駄々を捏ねていないで、心地よい夢と決別すべきは今なのだ。
故に、ジークフリードは今更すぎる昔話を語る気になった……意思を固める儀式として。
そうしなければ前に進めないと気付いてしまった今が、紛れもない潮時である。
「ごめんな、ヒルダ。続けよう」
家に戻り後ろ手にドアを閉めると、ジークフリードは再びソファに沈みこんだ。倣ってヒルダも再びその横に腰掛ける。
「で、どこまで話したっけな。あぁ、ヒルダが森の奥に入った後だっけ」
終わりが近づいてきた物語に、ジークフリードは悲しげに目を伏せた。
「はぁ」
つまらないとでも言いたげに深く溜息をつくと、ジークフリードは魔物の亡骸に早くも興味をなくしたようでそれを遠くへ投げ飛ばした。
「大丈夫?」
家に戻ろうと振り向けば、そこでは一部始終を見ていたらしいヒルダが不安げに扉から顔を覗かせていた。さすが元近衛というべきか、普通の女性が見たら卒倒するような光景を目の当たりにしてもジークフリードの身体を気遣う余裕を見せている。
「大丈夫だよ。俺は死なないからな」
片手剣を鞘にしまいながら笑って言うと、ヒルダがぱちくりと目を瞬かせた。
そう、彼は死なない。何があっても、何をされてもだ。あの肉片となった人間とは違う。魔物の爪に引き裂かれれば容易く死ぬ、人間とは。そう考えると、喉を貫かれて絶命した先ほどの魔物のほうが自分よりもずっと人々に近しい場所にいる気がして、どうにも目頭が熱くなる。
ふと視線をヒルダに戻せば、何やら不満げな顔でジークフリードを見上げていた。何かと問いかけるより早く、ヒルダが口を開く。
「何馬鹿なこと言ってるの。あんなのに襲われたら、いくらあなただって死んじゃうに決まってるでしょ」
不意打ちすぎる言葉に、目頭にあった熱が急速に喉元まで下がってくるのを感じた。真剣そのものといった表情のヒルダにかける言葉も見つからず、ついと視線を逸らす。
(ヒルダはいつだって俺の望む言葉をくれる)
嘘でも心地いい。ヒルダの言葉はいつだって。
だからこそ、彼女の存在を都合の良い逃げ場にしてはならないとわかっている。いつでも幻想の中に彼女を見て……否、縛り続けてきた自分は、いつだったかヒルダに夢見がちで諦めが悪いと形容された。
しかし、いつまでも駄々を捏ねていないで、心地よい夢と決別すべきは今なのだ。
故に、ジークフリードは今更すぎる昔話を語る気になった……意思を固める儀式として。
そうしなければ前に進めないと気付いてしまった今が、紛れもない潮時である。
「ごめんな、ヒルダ。続けよう」
家に戻り後ろ手にドアを閉めると、ジークフリードは再びソファに沈みこんだ。倣ってヒルダも再びその横に腰掛ける。
「で、どこまで話したっけな。あぁ、ヒルダが森の奥に入った後だっけ」
終わりが近づいてきた物語に、ジークフリードは悲しげに目を伏せた。
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。