ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

英雄幻葬譚

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: konann
目次

第漆話

あれは数年前、まだ共に街を守っていたころだったか。

「ヒルダ!」

 近衛の任のため町の西口へ向かって砂利道を歩いていると、後方から聞きなれた声が追ってきた。

振り向くより早く、視界の横からジークフリード……もといドラゴンを倒す前の彼、シグルスが顔を出す。あからさまに息を上げて滴ってもいない汗を拭うように額を腕で擦っていた。

「何?」

「何、じゃないだろ! なんで置いてくんだよ、冷てーな」

「ちゃんと家まで迎えにいったじゃない」

「でもすぐ帰ったじゃん」

「シグルスが約束の時間になっても起きてこないからでしょ」

「十分寝坊しただけじゃん」

 あっけらかんと言う彼に邪気はなく、ヒルダは大仰に溜息をついた。

近衛を生業とする立場にいるにしては大雑把すぎる。町の人々の安全を担っている自覚はあるのだろうか。とんでもない相棒だと呆れるのも仕方ないことだろう。

「あのね、たかが十分されど十分。その十分の間にどこからか魔物が侵入してたらどうするの?」

「そん時は真面目なヒルダさんがどーにかしてくれるって信じてる」

「そろそろ本気で殴るわよ」

「冗談だって、冗談!」

 ヒルダが目つきを鋭くして説教を始めても一切意に介さず、それどころか笑いながら彼女の頭をワシャワシャと掻き乱す始末。更に剣呑な色を含んだヒルダの視線にあてられて、シグルスはおどけながらもやっと彼女から離れた。

 頭の後ろで手を組んで、晴れた空を見上げながらシグルスが呟く。

「今日も魔物は来るのかな? ここんところ連日だよな」

「仕方ないわよ。魔物の勢力はどんどん増してきてるし。王都なんてこの町の比じゃないくらい被害が大きいみたいよ。王国お抱えの近衛団もてんてこまいだって」

 諦めにも似た表情でヒルダは呟く。斬れども斬れども、魔物は湧いて出る。平穏を願い近衛として故郷を護ると決意した身とは言え、ゴールの見えない戦いにウンザリすることもしばしばだ。人々の顔から恐怖が完全に払拭されるのはいつになるのか、考えれば考えるほど腹の底が重くなっていく。

「そういや隣町もこの前魔物に襲われて半壊したって聞いたな」

「隣町は私達みたいな駐在の近衛がいなかったらしいから。王都からの近衛の派遣が間に合わなかったのよ」

「まぁ、この町は俺たち最強タッグがいるし安泰だからなぁ」

 さらりと気恥ずかしいことを独り言ちたシグルスに、隣で聞いていたヒルダがわずかに赤面する。軽口に乗るつもりで言葉を吟味していたが、視界の端でシグルスが神妙な顔つきになっていることに気づき口を結んだ。

「やっぱりドラゴンを倒さないことには何ともならない、か」

 どこか遠くを見つめながら目を細めたシグルスを何とも言えない表情で見つめ、ヒルダは黙って足を進めた。並んで歩くことでヒルダの長槍とシグルスの片手剣がたまにぶつかって音を立て、軽く言い合いをしながら待機場所である西口へと向かう。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。