第伍話
「で、その後ヒルダは森に行き、魔物狩りを……って、どうしたんだよ」
ジークフリードは不意に話を中断し、露骨に顔をしかめるヒルダに向かって首を傾げた。先程からヒルダはこの調子だ。眉をひそめて訝しげな視線をジークフリードに送り続けている。
「だから、何で、貴方が、それを、知ってるの?」
一語一語を区切りながら改めて強く問いかけたヒルダの視線は疑念の色が濃くなってきている。あの場にジークフリードはいなかった。なのに何故、あの時のヒルダの行動を逐一知っているのか。当然の疑問だった。
ジークフリードをソファの端に追い詰めるようにじりじりと詰め寄ってくるヒルダに冷や汗を流しながら、彼は小さく溜息をついた。
「だってお前、書いてたじゃん」
「書いてた?」
「日記に」
事もなにげに言い放ったジークフリードに一瞬ぱちくりと目を瞬かせてから、ヒルダはカッと赤面した。わなわなと肩を震わせた後、二人の間に置いてあったクッションを引っ掴み振りかぶる。
「見たのね!」
「うぉっ、危ねっ!」
埃が舞い、老朽化してたクッションの皮が破けグズグズになった綿が飛び散った。痛くはないだろうが、茶ばんだ綿を被るのはご免被る。半身になって避けたジークフリードを、ヒルダはきっと鋭く睨んだ。
「そんな怒らなくても!」
「日記を勝手に読まれたら誰だって怒るわよ! あれには何から何まで全部書いてあるのに! いつ読んだの!」
ヒルダが赤面して文句を言うのは予想していた。が、怒りに任せて殴りかかってくるのは予想外。今度はクッションではなく直接拳を上げたヒルダにぎょっとしながらも、持ち前の反射神経でその一発を避ける。
「かなり昔。空き家になったお前の家に行った時に、ちょっとね」
偶然見つけてさ、と悪びれる様子もなく笑うジークフリードに脱力したのか、ヒルダはノロノロと拳を引っ込めた。まだ顔は赤いもののそこからは既に怒りは感じられず、代わりにあるのは呆れのみ。
「本っ当、仕方ない人」
「今更だろ?」
ジト目で睨むヒルダを軽くいなしながら、ジークフリードは日記の内容を思い出していた。ヒルダの家から勝手に持ち出した日記はこの家の本棚の中に大切にしまってある。
それを見つけ、目を通した時、頑なだった彼の中で何かが崩れていった気がした。その日からだ。ヒルダと仲睦まじく話せるようになったのも、そもそもヒルダが自分に寄り添ってくれるようになったのも。良く言えば自分に対して素直になり、悪く言えばそれまでの自分の捻くれた考えを死ぬほど悔い今更すぎる願望を抱き始めた。
確かに日記には何から何まで詳しく書かれていた。ヒルダがとった行動、言った言葉、周りの状況、その時々の感情の機微まで。だからジークフリードは当時のヒルダの視点で事細かかつ正確に過去を語れる。
「続けようか」
まるで懺悔だとジークフリードは思った
ジークフリードは不意に話を中断し、露骨に顔をしかめるヒルダに向かって首を傾げた。先程からヒルダはこの調子だ。眉をひそめて訝しげな視線をジークフリードに送り続けている。
「だから、何で、貴方が、それを、知ってるの?」
一語一語を区切りながら改めて強く問いかけたヒルダの視線は疑念の色が濃くなってきている。あの場にジークフリードはいなかった。なのに何故、あの時のヒルダの行動を逐一知っているのか。当然の疑問だった。
ジークフリードをソファの端に追い詰めるようにじりじりと詰め寄ってくるヒルダに冷や汗を流しながら、彼は小さく溜息をついた。
「だってお前、書いてたじゃん」
「書いてた?」
「日記に」
事もなにげに言い放ったジークフリードに一瞬ぱちくりと目を瞬かせてから、ヒルダはカッと赤面した。わなわなと肩を震わせた後、二人の間に置いてあったクッションを引っ掴み振りかぶる。
「見たのね!」
「うぉっ、危ねっ!」
埃が舞い、老朽化してたクッションの皮が破けグズグズになった綿が飛び散った。痛くはないだろうが、茶ばんだ綿を被るのはご免被る。半身になって避けたジークフリードを、ヒルダはきっと鋭く睨んだ。
「そんな怒らなくても!」
「日記を勝手に読まれたら誰だって怒るわよ! あれには何から何まで全部書いてあるのに! いつ読んだの!」
ヒルダが赤面して文句を言うのは予想していた。が、怒りに任せて殴りかかってくるのは予想外。今度はクッションではなく直接拳を上げたヒルダにぎょっとしながらも、持ち前の反射神経でその一発を避ける。
「かなり昔。空き家になったお前の家に行った時に、ちょっとね」
偶然見つけてさ、と悪びれる様子もなく笑うジークフリードに脱力したのか、ヒルダはノロノロと拳を引っ込めた。まだ顔は赤いもののそこからは既に怒りは感じられず、代わりにあるのは呆れのみ。
「本っ当、仕方ない人」
「今更だろ?」
ジト目で睨むヒルダを軽くいなしながら、ジークフリードは日記の内容を思い出していた。ヒルダの家から勝手に持ち出した日記はこの家の本棚の中に大切にしまってある。
それを見つけ、目を通した時、頑なだった彼の中で何かが崩れていった気がした。その日からだ。ヒルダと仲睦まじく話せるようになったのも、そもそもヒルダが自分に寄り添ってくれるようになったのも。良く言えば自分に対して素直になり、悪く言えばそれまでの自分の捻くれた考えを死ぬほど悔い今更すぎる願望を抱き始めた。
確かに日記には何から何まで詳しく書かれていた。ヒルダがとった行動、言った言葉、周りの状況、その時々の感情の機微まで。だからジークフリードは当時のヒルダの視点で事細かかつ正確に過去を語れる。
「続けようか」
まるで懺悔だとジークフリードは思った
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