第5話
彼女と付き合ってから1年が過ぎた。幸福な時間だった。家で彼女の手料理を食べた。僕が頑張って手料理を振る舞うこともあった。一緒に料理をした。海外旅行に行った。誕生日には、彼女が欲しがっていた巨大なテディベアをあげた。僕の誕生日には巨大なぴよちゃんのぬいぐるみを貰った。春は二人でお花見へ。夏は海で花火を見た。秋は紅葉狩りに。落ち葉を踏みしめる音が面白いと、彼女とふざけて曲を作ったりした。冬は天体観測をしに山へ。寒さに震える彼女に、持って来た長いマフラーを一緒に巻いた。
季節は巡り、また、春に。その日、僕は彼女の家に来ていた。
「実は今日は、プレゼントを持って来たんです」
夕食後、僕はこっそりカバンの中に忍ばせていた小さな箱を取り出した。
「あ、出た!那月の記念日プレゼント。今日は一周年記念だよね」
「はい。覚えててくれたんですね」
「そりゃ毎月やられたら、日にちは嫌でも覚えるよ。今日で12回目でしょう?」
からかうように笑う彼女。僕はいつになく真剣な顔で、箱を開けると彼女に差し出した。
「僕と、結婚してください」
「−−−−!!」
驚いたような彼女の顔。何も言えずに固まっている。
「ごめんなさい。ちょっと先走り過ぎちゃいましたね……」
「ごめん。ちょっとびっくりしちゃった」
「いえ、いいんです。ごめんなさい……」
明らかに落胆する僕に、彼女は慌ててフォローするように言った。
「ちょっと考えさせて。返事は待ってもらえないかな?」
「はい!僕はいつでもOKですからね」
そのとき、ふと彼女の視線がテレビに向いた。釣られて視線を向けると、そこには見知った顔が。トキヤだった。
『トキヤさんの着けているネックレス、素敵ですね!』
『ありがとうございます。これは、大切な方からもらったネックレスなんです』
『まぁ!女性の方ですか?』
『えぇ。実はそうなんです』
僕はその映像から目が離せなかった。トキヤが着けているネックレスは、彼女がよく着けているネックレスと全く同じものだった。
彼女はまだ、トキヤのことが好きだ。そして、トキヤもまた、彼女のことを想っている。
僕は、トキヤから彼女のことを奪ったのだ。
(そんなの、自業自得だろう?)
頭の中に、再び悪魔が現れる。
(お前は彼女を何より愛している。彼女を幸せにできるのは、お前だ)
一番に好きじゃない人と結ばれることは、彼女にとって幸せなことなのだろうか?
(彼女が好きなのは、お前だ)
いいや、僕じゃない。本当はずっと気づいていた。トキヤの声に真っ先に気づく彼女。無意識にいつも、彼を探している。
(お前はこんなにも彼女に尽くして来たじゃないか)
彼女に尽くすことで、奪ってしまった罪悪感から逃れようとしていたんだ。僕は、ずるい。
「那月ちゃん?那月ちゃーん?おーい!」
呼ぶ声に、僕はハッと我に返った。心配そうな鈴木さんの顔がそこにあった。打ち合わせ中だというのに、僕は考え事をしていたらしい。
「大丈夫?なんか心ここにあらずって感じだったけど」
「すみません。ぼーっとしちゃって」
そのとき不意に、鈴木さんのスマホが鳴った。「ちょっとごめんね」と電話にでる鈴木さん。
「なんですって!?トキヤが!?まぁ、そうなの。第一病院ね。分かったわ。すぐに行くわね」
電話を切った鈴木さんは深刻そうな顔で、立ち上がった。すぐそばにあったテレビを点ける。
『本日、午後5時頃、一ノ瀬トキヤさんが映画の撮影中に事故にあいました。病院に搬送されましたが、未だ意識不明の重体です』
「こういうことらしいから、ちょっと行ってくるわ!」
突然すぎるニュースに僕は呆然とするしかない。惚けた顔でテレビを見ていると、今度は僕のスマホの着信音が鳴った。
「どうしよう、トキヤが、死んじゃう……!」
彼女もニュースを見たのだろう。今にも泣き出しそうな声だ。
「第一病院。そこにトキヤが搬送されたみたいです」
「え…!?」
「行ってあげてください」
「でも……」
「トキヤのこと、まだ好きなんでしょう?」
「…………うん」
「僕は、今までずっと君のことが好きでした。大切な思い出をありがとう」
「那月……!」
「さぁ、早く!このままではトキヤがどうなるか分からないですよ?」
「ごめんなさい。ありがとう」
それが、1年間付き合っていた彼女の最後の言葉となった。
「友人は、1ヶ月意識不明で生死の境をさまよっていましたが、奇跡的に目を覚ましたんです。リハビリは大変だったみたいですけど、彼女はそんな彼にずっと寄り添って支えたんです。そして、今年の春にゴールインしました」
「……お辛い体験をされましたね」
バーテンダーを見ると、少し涙ぐんでいる。
「すみません。長々と付き合わせてしまって。話せてスッキリしました」
夜が明け、外が明るくなってきた。そろそろ始発も動いている頃だろう。
僕は会計をすませると、バーを後にした。
季節は春。咲き始めたばかりの桜の花びらが秒速5センチメートルで僕の頰を撫でていった。
季節は巡り、また、春に。その日、僕は彼女の家に来ていた。
「実は今日は、プレゼントを持って来たんです」
夕食後、僕はこっそりカバンの中に忍ばせていた小さな箱を取り出した。
「あ、出た!那月の記念日プレゼント。今日は一周年記念だよね」
「はい。覚えててくれたんですね」
「そりゃ毎月やられたら、日にちは嫌でも覚えるよ。今日で12回目でしょう?」
からかうように笑う彼女。僕はいつになく真剣な顔で、箱を開けると彼女に差し出した。
「僕と、結婚してください」
「−−−−!!」
驚いたような彼女の顔。何も言えずに固まっている。
「ごめんなさい。ちょっと先走り過ぎちゃいましたね……」
「ごめん。ちょっとびっくりしちゃった」
「いえ、いいんです。ごめんなさい……」
明らかに落胆する僕に、彼女は慌ててフォローするように言った。
「ちょっと考えさせて。返事は待ってもらえないかな?」
「はい!僕はいつでもOKですからね」
そのとき、ふと彼女の視線がテレビに向いた。釣られて視線を向けると、そこには見知った顔が。トキヤだった。
『トキヤさんの着けているネックレス、素敵ですね!』
『ありがとうございます。これは、大切な方からもらったネックレスなんです』
『まぁ!女性の方ですか?』
『えぇ。実はそうなんです』
僕はその映像から目が離せなかった。トキヤが着けているネックレスは、彼女がよく着けているネックレスと全く同じものだった。
彼女はまだ、トキヤのことが好きだ。そして、トキヤもまた、彼女のことを想っている。
僕は、トキヤから彼女のことを奪ったのだ。
(そんなの、自業自得だろう?)
頭の中に、再び悪魔が現れる。
(お前は彼女を何より愛している。彼女を幸せにできるのは、お前だ)
一番に好きじゃない人と結ばれることは、彼女にとって幸せなことなのだろうか?
(彼女が好きなのは、お前だ)
いいや、僕じゃない。本当はずっと気づいていた。トキヤの声に真っ先に気づく彼女。無意識にいつも、彼を探している。
(お前はこんなにも彼女に尽くして来たじゃないか)
彼女に尽くすことで、奪ってしまった罪悪感から逃れようとしていたんだ。僕は、ずるい。
「那月ちゃん?那月ちゃーん?おーい!」
呼ぶ声に、僕はハッと我に返った。心配そうな鈴木さんの顔がそこにあった。打ち合わせ中だというのに、僕は考え事をしていたらしい。
「大丈夫?なんか心ここにあらずって感じだったけど」
「すみません。ぼーっとしちゃって」
そのとき不意に、鈴木さんのスマホが鳴った。「ちょっとごめんね」と電話にでる鈴木さん。
「なんですって!?トキヤが!?まぁ、そうなの。第一病院ね。分かったわ。すぐに行くわね」
電話を切った鈴木さんは深刻そうな顔で、立ち上がった。すぐそばにあったテレビを点ける。
『本日、午後5時頃、一ノ瀬トキヤさんが映画の撮影中に事故にあいました。病院に搬送されましたが、未だ意識不明の重体です』
「こういうことらしいから、ちょっと行ってくるわ!」
突然すぎるニュースに僕は呆然とするしかない。惚けた顔でテレビを見ていると、今度は僕のスマホの着信音が鳴った。
「どうしよう、トキヤが、死んじゃう……!」
彼女もニュースを見たのだろう。今にも泣き出しそうな声だ。
「第一病院。そこにトキヤが搬送されたみたいです」
「え…!?」
「行ってあげてください」
「でも……」
「トキヤのこと、まだ好きなんでしょう?」
「…………うん」
「僕は、今までずっと君のことが好きでした。大切な思い出をありがとう」
「那月……!」
「さぁ、早く!このままではトキヤがどうなるか分からないですよ?」
「ごめんなさい。ありがとう」
それが、1年間付き合っていた彼女の最後の言葉となった。
「友人は、1ヶ月意識不明で生死の境をさまよっていましたが、奇跡的に目を覚ましたんです。リハビリは大変だったみたいですけど、彼女はそんな彼にずっと寄り添って支えたんです。そして、今年の春にゴールインしました」
「……お辛い体験をされましたね」
バーテンダーを見ると、少し涙ぐんでいる。
「すみません。長々と付き合わせてしまって。話せてスッキリしました」
夜が明け、外が明るくなってきた。そろそろ始発も動いている頃だろう。
僕は会計をすませると、バーを後にした。
季節は春。咲き始めたばかりの桜の花びらが秒速5センチメートルで僕の頰を撫でていった。
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