第4話
「お疲れ様でしたー!」
「あら、もう帰っちゃうの?この後、飲みに行かない?」
仕事を終えた僕は、早々に帰ろうとして、マネージャーの鈴木さんに呼び止められた。
「すみません。この後予定があって」
「ははーん。さては彼女でしょう?最近の那月ちゃん、ちょっと明るくなったものね」
どう答えようか迷ったのだけれど、僕は嘘をつきたくなかった。あの日のトキヤのように。
「あー、えぇと……実はそうなんです」
「あら、そうなの!? だれだれ!?」
「学生時代の同級生とです。実はずっと前から想いをしていて。最近ようやく恋が実ったというか」
「まぁまぁまぁ!素敵ねぇー!」
鈴木さんは歓声をあげると、唐突にタロットカードを取り出した。
「ちょっと占ってあげる!最近ハマってるのよね。時間、まだ大丈夫でしょう?」
「えぇ、少しなら大丈夫ですけど」
鈴木さんに圧倒され、僕は席に着いた。手際よくタロットカードをシャップルし、テーブルの上に裏返しにして並べていく。
カードをめくりながら、鈴木さんはテキパキと占いだした。
「今までは、辛い思いをしてきたみたいねぇ。でももう大丈夫。恋愛の正位置が出ているわ。交際は順調に行きそうね。あらー、でも悪魔の正位置が出ちゃったわね。ちょっと気をつけた方がいいわ。それから女帝の逆位置。那月ちゃん、あなた何かに嫉妬しているでしょう?」
驚くほど当たる占いだ。呆然とする僕を他所に、鈴木さんは最後の一枚をめくった。みすぼらしい男が十字架にくくりつけられている。
「吊るされた男の逆位置ね。なんだか報われない思いをすることになるかも」
言った後に、鈴木さんは慌ててフォローするように言った。
「まぁあくまで占いだから!当たるも八卦当たらぬも八卦ってやつよ!」
「あははは、そうですよね。占ってくださってありがとうございました」
そろそろ時間だ。僕は楽屋を後にし、彼女との待ち合わせ場所に向かった。
彼女と付き合ってから1ヶ月が経つ。肌寒い季節から徐々に、暖かい春になってきた。
待ち合わせ場所に行くと、既に彼女が待っていた。春らしい淡い色のワンピースがよく似合っている。
「ごめんなさい。待ちましたか?」
「ううん、今来たところ」
僕が来ると、彼女はふんわりと笑顔で答えた。最近髪を切り、ショートカットになった髪が風になびいている。
「そのネックレス、可愛いですね」
胸元で光る四葉のクローバーを形取ったネックレスを褒めると、彼女はなぜか隠すように手を重ねた。
「ありがとう。誕生日にもらったんだ」
誰から?そう聞こうとしてやめた。僕は彼女の手を取り、夜の街を歩き出す。
「今日は、そこのイタリアンのお店を予約したんです」
「わぁ、楽しみ!急に誘われたからびっくりしたよ」
「だって、今日は大切な日でしょう?」
「え、何かあったっけ?」
「付き合って1ヶ月記念日です」
大真面目に言うと、彼女が盛大に吹き出した。
「ぷっ、あはは!那月ってそういうの好きだよね。毎月やるの?」
「ダメですか?」
「いいけど。トキヤくんとは、こういうことしなかったから新鮮」
トキヤ。唐突にその名前が出て、僕はまたモヤモヤした。黙り込んでしまった僕に、彼女も失言したことに気づいたのだろう。
「ごめん!私、無神経なこと言っちゃったね」
「いいんです。あれから、トキヤからは何か連絡来ましたか?」
「ぜーんぜん!もう綺麗さっぱり忘れることにしたよ。ほら、連絡先も消したし!」
言いながら、スマホの連絡先を見せてくる。僕は少し安心した。
「トキヤの方は大変そうでしたね。記者に質問攻めにされてましたし」
「結局、最後まで彼女はいないって貫いてたね。まぁ、アイドルだから仕方ないんだろうけど」
「僕は仮に報道されても、君のことを隠したりしませんよ?」
「那月……ありがと」
照れたように笑う彼女が嬉しくて、僕は思わず抱きしめたくなる気持ちを必死に抑えた。
「そういえば、もうすぐゴールデンウィークですよね。どこかに旅行に行きませんか?」
「いいね!どこ行こうか。いっそ海外にでも行っちゃう!?」
「わぁ、楽しそうですね。どこか行きたい国はありますか?」
「うーん、そうだなぁ。フランスとかイタリアとか、一度行ってみたいなぁ。那月は?」
「僕は、」
君と居られるなら、どこでも。
そう言おうとしたとき、街角のスクリーンから聞き覚えのある歌声がした。伸びやかなヴィブラートに、美しいファルセット。こんなに綺麗な歌い方ができる人は、彼しかいない。
気がつくと、彼女が足を止めていた。スクリーンに目を奪われている。
その横顔は、とても切なげで、苦しそうで、そしてまだ確実に恋い焦がれている目だった。
−−なんだか報われない思いをすることになるかも。先ほどの鈴木さんの声が頭に蘇る。
カードに描かれた吊るされた男の絵が、頭にこびりついて離れなかった。
「あら、もう帰っちゃうの?この後、飲みに行かない?」
仕事を終えた僕は、早々に帰ろうとして、マネージャーの鈴木さんに呼び止められた。
「すみません。この後予定があって」
「ははーん。さては彼女でしょう?最近の那月ちゃん、ちょっと明るくなったものね」
どう答えようか迷ったのだけれど、僕は嘘をつきたくなかった。あの日のトキヤのように。
「あー、えぇと……実はそうなんです」
「あら、そうなの!? だれだれ!?」
「学生時代の同級生とです。実はずっと前から想いをしていて。最近ようやく恋が実ったというか」
「まぁまぁまぁ!素敵ねぇー!」
鈴木さんは歓声をあげると、唐突にタロットカードを取り出した。
「ちょっと占ってあげる!最近ハマってるのよね。時間、まだ大丈夫でしょう?」
「えぇ、少しなら大丈夫ですけど」
鈴木さんに圧倒され、僕は席に着いた。手際よくタロットカードをシャップルし、テーブルの上に裏返しにして並べていく。
カードをめくりながら、鈴木さんはテキパキと占いだした。
「今までは、辛い思いをしてきたみたいねぇ。でももう大丈夫。恋愛の正位置が出ているわ。交際は順調に行きそうね。あらー、でも悪魔の正位置が出ちゃったわね。ちょっと気をつけた方がいいわ。それから女帝の逆位置。那月ちゃん、あなた何かに嫉妬しているでしょう?」
驚くほど当たる占いだ。呆然とする僕を他所に、鈴木さんは最後の一枚をめくった。みすぼらしい男が十字架にくくりつけられている。
「吊るされた男の逆位置ね。なんだか報われない思いをすることになるかも」
言った後に、鈴木さんは慌ててフォローするように言った。
「まぁあくまで占いだから!当たるも八卦当たらぬも八卦ってやつよ!」
「あははは、そうですよね。占ってくださってありがとうございました」
そろそろ時間だ。僕は楽屋を後にし、彼女との待ち合わせ場所に向かった。
彼女と付き合ってから1ヶ月が経つ。肌寒い季節から徐々に、暖かい春になってきた。
待ち合わせ場所に行くと、既に彼女が待っていた。春らしい淡い色のワンピースがよく似合っている。
「ごめんなさい。待ちましたか?」
「ううん、今来たところ」
僕が来ると、彼女はふんわりと笑顔で答えた。最近髪を切り、ショートカットになった髪が風になびいている。
「そのネックレス、可愛いですね」
胸元で光る四葉のクローバーを形取ったネックレスを褒めると、彼女はなぜか隠すように手を重ねた。
「ありがとう。誕生日にもらったんだ」
誰から?そう聞こうとしてやめた。僕は彼女の手を取り、夜の街を歩き出す。
「今日は、そこのイタリアンのお店を予約したんです」
「わぁ、楽しみ!急に誘われたからびっくりしたよ」
「だって、今日は大切な日でしょう?」
「え、何かあったっけ?」
「付き合って1ヶ月記念日です」
大真面目に言うと、彼女が盛大に吹き出した。
「ぷっ、あはは!那月ってそういうの好きだよね。毎月やるの?」
「ダメですか?」
「いいけど。トキヤくんとは、こういうことしなかったから新鮮」
トキヤ。唐突にその名前が出て、僕はまたモヤモヤした。黙り込んでしまった僕に、彼女も失言したことに気づいたのだろう。
「ごめん!私、無神経なこと言っちゃったね」
「いいんです。あれから、トキヤからは何か連絡来ましたか?」
「ぜーんぜん!もう綺麗さっぱり忘れることにしたよ。ほら、連絡先も消したし!」
言いながら、スマホの連絡先を見せてくる。僕は少し安心した。
「トキヤの方は大変そうでしたね。記者に質問攻めにされてましたし」
「結局、最後まで彼女はいないって貫いてたね。まぁ、アイドルだから仕方ないんだろうけど」
「僕は仮に報道されても、君のことを隠したりしませんよ?」
「那月……ありがと」
照れたように笑う彼女が嬉しくて、僕は思わず抱きしめたくなる気持ちを必死に抑えた。
「そういえば、もうすぐゴールデンウィークですよね。どこかに旅行に行きませんか?」
「いいね!どこ行こうか。いっそ海外にでも行っちゃう!?」
「わぁ、楽しそうですね。どこか行きたい国はありますか?」
「うーん、そうだなぁ。フランスとかイタリアとか、一度行ってみたいなぁ。那月は?」
「僕は、」
君と居られるなら、どこでも。
そう言おうとしたとき、街角のスクリーンから聞き覚えのある歌声がした。伸びやかなヴィブラートに、美しいファルセット。こんなに綺麗な歌い方ができる人は、彼しかいない。
気がつくと、彼女が足を止めていた。スクリーンに目を奪われている。
その横顔は、とても切なげで、苦しそうで、そしてまだ確実に恋い焦がれている目だった。
−−なんだか報われない思いをすることになるかも。先ほどの鈴木さんの声が頭に蘇る。
カードに描かれた吊るされた男の絵が、頭にこびりついて離れなかった。
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