第2話
僕は今まで恋というものをしたことがなかった。
「初恋の人は?」なんて質問をされた時には困ったものだ。人を好きになるということがどういうものか、17年間生きてきても分からなかった。
でも、今なら答えられる。僕の初恋の相手は、早乙女学園時代の友達。彼女のことが好きだと、最後の最後まで気付かず、気づいた時には何もかも手遅れだった。
彼女は今、一ノ瀬トキヤと付き合っている。
「はい、OK!お疲れ様!今日も那月ちゃんイカしてたわよ〜!」
「ありがとうございました」
眩しいフラッシュが焚かれ、すっかり視覚が鈍ってしまった。数時間にも及ぶ撮影が終了し、僕はスタッフ達に深々と頭を下げた。
今日はグラビアの撮影だった。卒業後、芸能界デビューした僕は、歌手活動やグラビア撮影などの芸能活動を地道に行なっていた。最近はようやく仕事も増えて、芸能活動も軌道に乗り出している。そのうち僕の写真集を出そうなんて話も出ているくらいだ。
「那月ちゃん、今日もお疲れ様ー!着替え終わったら、明日のスケジュールのこと相談させてね」
「はーい」
マネージャーの鈴木さんに言われ、楽屋に戻って着替えた僕は、鈴木さんを待っていた。付けっ放しのテレビでは、昼下がりのワイドショーをやっている。
『それでは、今をときめくアイドル、一ノ瀬トキヤさんの登場です!』
ちょうどそのとき、そんな言葉が耳に入り、僕はハッとテレビを見た。卒業以来、ずっと会っていなかったトキヤがそこにいた。
卒業後、同じく芸能界入りしたトキヤは、いち早く売れっ子アイドルとなった。そのルックスと、高い歌唱力を考えると当然の帰結だ。今やテレビで見ない日はない程、多忙なアイドルとなっている。
「那月ちゃーん!入るわよー!」
そのとき、鈴木さんが入ってきた。そして入るなり、テレビの中のトキヤを見て、歓声をあげる。
「キャー!一ノ瀬トキヤじゃない!アタシ大ファンなのよねー」
「トキヤくん、カッコいいですもんね」
「そうそう、こんなイケメンそうそういないわよねー」
言いながら、鈴木さんはうっとりとトキヤを見つめている。
「そういえば、那月ちゃんって早乙女学園の出身よね?トキヤもそうじゃなかったっけ?」
「はい、同級生で、トキヤくんとはお友達ですよ。最近はすっかり疎遠になってますけど」
「あらやだ、そうなの!? それなら紹介してよー」
紹介。その言葉を聞いて、僕の心の中で何かが疼いた。
(たっく、どいつもこいつも。トキヤのことばっかだな)
心の中でそんな言葉が聞こえてきて、僕はドキリとした。最近、たまにこういうことがある。まるで自分が自分でないような、心の声が聞こえてくるのだ。
『そういえば、トキヤさんは、お付き合いされている方とかいないんですか?』
テレビの中からそんな声が聞こえて来て、僕は思わず注視した。トキヤは困ったような顔をしている。
『いませんよ。僕はみんなのアイドルですから。皆さんが恋人です』
「キャー!トキヤくんカッコいい!」
鈴木さんが黄色い声を上げる。しかし、次の瞬間声のトーンを落とし、こんなことを言った。
「でも、ここだけの話、トキヤくんって彼女がいるみたいなのよねー」
知っています、と言いたくなる言葉を飲み込み、僕は驚いてみせる。頭の中では、トキヤの言葉が反芻していた。『いませんよ。僕はみんなのアイドルですから。皆さんが恋人です』——彼女との交際は、順調なのだろうか?
「これからもよろしくね」
最後にそう言って別れた彼女とは、あれから一度も会っていなかった。トキヤとの交際を邪魔するわけにもいかないし、会えば辛くなるだけだと分かっていた。
けれど、昼間のテレビで見たトキヤの言葉が気にかかっていた。二人は上手くいっているのだろうか?
悩みに悩んだ末、僕は彼女に短いメールを送った。
『お久しぶり。元気ですか?僕は最近、グラビアや歌のお仕事が増えてきました。君も仕事は順調ですか?』
返事はすぐに来た。
『那月ー!久しぶりだね!うん、元気元気!仕事も順調だよー』
相変わらず元気いっぱいな感じが文面から伝わってくる。僕は安堵し、世間話のようなメールを何往復かさせたところで終わらせた。
何も心配することはない。二人の恋は順調なのだ。
しかし、そんな僕の想像を裏切ることが、数日後に起こった。
「ちょっと見てよ、那月ちゃん!この記事!」
その日は深夜番組の撮影。楽屋入りして早々に鈴木さんが興奮しながら、とある雑誌を突きつけた。芸能人のスキャンダルを取り扱う雑誌だ。嫌な予感がした。
『一ノ瀬トキヤ・深夜の密会!彼女は売れない地下アイドル!?』
見開きの一面にデカデカと書かれたその文面に、僕は言葉を失った。白黒の写真には、マスクをするトキヤと手を繋ぐ彼女が写っている。
「ショックよねー。やっぱり彼女いたんじゃない」
そのとき、不意にスマホの着信音が鳴った。ディスプレイに映し出された名前を見て、僕は咄嗟に電話に出た。
「もしもし?」
「那月……私、トキヤくんと別れることになった……」
憔悴しきった彼女の声を僕は呆然と聞いていた。
「初恋の人は?」なんて質問をされた時には困ったものだ。人を好きになるということがどういうものか、17年間生きてきても分からなかった。
でも、今なら答えられる。僕の初恋の相手は、早乙女学園時代の友達。彼女のことが好きだと、最後の最後まで気付かず、気づいた時には何もかも手遅れだった。
彼女は今、一ノ瀬トキヤと付き合っている。
「はい、OK!お疲れ様!今日も那月ちゃんイカしてたわよ〜!」
「ありがとうございました」
眩しいフラッシュが焚かれ、すっかり視覚が鈍ってしまった。数時間にも及ぶ撮影が終了し、僕はスタッフ達に深々と頭を下げた。
今日はグラビアの撮影だった。卒業後、芸能界デビューした僕は、歌手活動やグラビア撮影などの芸能活動を地道に行なっていた。最近はようやく仕事も増えて、芸能活動も軌道に乗り出している。そのうち僕の写真集を出そうなんて話も出ているくらいだ。
「那月ちゃん、今日もお疲れ様ー!着替え終わったら、明日のスケジュールのこと相談させてね」
「はーい」
マネージャーの鈴木さんに言われ、楽屋に戻って着替えた僕は、鈴木さんを待っていた。付けっ放しのテレビでは、昼下がりのワイドショーをやっている。
『それでは、今をときめくアイドル、一ノ瀬トキヤさんの登場です!』
ちょうどそのとき、そんな言葉が耳に入り、僕はハッとテレビを見た。卒業以来、ずっと会っていなかったトキヤがそこにいた。
卒業後、同じく芸能界入りしたトキヤは、いち早く売れっ子アイドルとなった。そのルックスと、高い歌唱力を考えると当然の帰結だ。今やテレビで見ない日はない程、多忙なアイドルとなっている。
「那月ちゃーん!入るわよー!」
そのとき、鈴木さんが入ってきた。そして入るなり、テレビの中のトキヤを見て、歓声をあげる。
「キャー!一ノ瀬トキヤじゃない!アタシ大ファンなのよねー」
「トキヤくん、カッコいいですもんね」
「そうそう、こんなイケメンそうそういないわよねー」
言いながら、鈴木さんはうっとりとトキヤを見つめている。
「そういえば、那月ちゃんって早乙女学園の出身よね?トキヤもそうじゃなかったっけ?」
「はい、同級生で、トキヤくんとはお友達ですよ。最近はすっかり疎遠になってますけど」
「あらやだ、そうなの!? それなら紹介してよー」
紹介。その言葉を聞いて、僕の心の中で何かが疼いた。
(たっく、どいつもこいつも。トキヤのことばっかだな)
心の中でそんな言葉が聞こえてきて、僕はドキリとした。最近、たまにこういうことがある。まるで自分が自分でないような、心の声が聞こえてくるのだ。
『そういえば、トキヤさんは、お付き合いされている方とかいないんですか?』
テレビの中からそんな声が聞こえて来て、僕は思わず注視した。トキヤは困ったような顔をしている。
『いませんよ。僕はみんなのアイドルですから。皆さんが恋人です』
「キャー!トキヤくんカッコいい!」
鈴木さんが黄色い声を上げる。しかし、次の瞬間声のトーンを落とし、こんなことを言った。
「でも、ここだけの話、トキヤくんって彼女がいるみたいなのよねー」
知っています、と言いたくなる言葉を飲み込み、僕は驚いてみせる。頭の中では、トキヤの言葉が反芻していた。『いませんよ。僕はみんなのアイドルですから。皆さんが恋人です』——彼女との交際は、順調なのだろうか?
「これからもよろしくね」
最後にそう言って別れた彼女とは、あれから一度も会っていなかった。トキヤとの交際を邪魔するわけにもいかないし、会えば辛くなるだけだと分かっていた。
けれど、昼間のテレビで見たトキヤの言葉が気にかかっていた。二人は上手くいっているのだろうか?
悩みに悩んだ末、僕は彼女に短いメールを送った。
『お久しぶり。元気ですか?僕は最近、グラビアや歌のお仕事が増えてきました。君も仕事は順調ですか?』
返事はすぐに来た。
『那月ー!久しぶりだね!うん、元気元気!仕事も順調だよー』
相変わらず元気いっぱいな感じが文面から伝わってくる。僕は安堵し、世間話のようなメールを何往復かさせたところで終わらせた。
何も心配することはない。二人の恋は順調なのだ。
しかし、そんな僕の想像を裏切ることが、数日後に起こった。
「ちょっと見てよ、那月ちゃん!この記事!」
その日は深夜番組の撮影。楽屋入りして早々に鈴木さんが興奮しながら、とある雑誌を突きつけた。芸能人のスキャンダルを取り扱う雑誌だ。嫌な予感がした。
『一ノ瀬トキヤ・深夜の密会!彼女は売れない地下アイドル!?』
見開きの一面にデカデカと書かれたその文面に、僕は言葉を失った。白黒の写真には、マスクをするトキヤと手を繋ぐ彼女が写っている。
「ショックよねー。やっぱり彼女いたんじゃない」
そのとき、不意にスマホの着信音が鳴った。ディスプレイに映し出された名前を見て、僕は咄嗟に電話に出た。
「もしもし?」
「那月……私、トキヤくんと別れることになった……」
憔悴しきった彼女の声を僕は呆然と聞いていた。
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