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魔法と暗示

原作: その他 (原作:サンリオ男子) 作者: ててて
目次

魔法と暗示

サンリオ男子 水野


「ねーえ!昨日発表された新作、見た?」

昼休みを告げるチャイムが鳴って私が教材を片付け終えるとほぼ同時に、話したい事を溜め込んだ子供のような顔をして水野がやってきた。私の席の机の上に両手のひらを添えて前屈みになりながら、ねぇねぇ、とはしゃぐ彼に廊下からも教室からも女子の目線が向かう。その女子も勿論水野の明るい性格を知っていて決して私を恨むような様子はないが、おそらく羨ましくはあるのだろう、遠くの方から切なげな溜息が聞こえた。席についたままの私は周りの視線を気にしつつ声のトーンを抑えながら返事をする。

「あー…見た見た、“メロちゃん”でしょ?」

「そうそ!新しい衣装のメロちゃんまじ可愛い!」

「水野毎回それ言ってるじゃん」

「だって毎回可愛いんじゃしょうがなくね?」

緩みきっているその頬を片手で覆いながら可愛いを連呼し続けるその姿を私はここ最近で何度見ただろうか。
私がたまたま妹のハンカチを持ってきていて、それがたまたま彼の言う“メロちゃん”のグッズで、そしてたまたま彼に見られたことが始まりである。3ヶ月ほど前、だったと思う。

水野はこのキャラクターが大好きで、校内の女子と情報交換を交えた会話をしているところを私はよく見ていた。彼は人気者だ。クラスでそう目立つタイプではない私でさえ彼の存在は知っているし、そんな私にも他の女子と同じようにキラキラした目で話しかけてくれた。

あまりに自然に話しかけてきて人の懐に入ってくるものだから、異性との会話が慣れっこでない私でさえ不思議と言葉のキャッチボールが出来た。この魔法にかかって彼に恋した女子はおそらく少なくないのだろう。私は、踏みとどまった、と思う。憧れの気持ちは芽生えたが流石に手が届く人物だと頭が認識しない。住む世界が違うというのはこういう事を言うんだろうな。恋愛にさえなれなかった感情はその日のうちに溶けてしまった。



はずだったのだが。スケジュールにない事がその日から少しずつ増えていった。
昼休みは図書室で過ごすはずが教室で水野に捕まりチャイムが鳴るまでおしゃべり、放課後も直帰ではなく彼と寄り道をして帰宅が遅くなったり。初めての事だらけで不安要素も多かったが、単純に楽しめている自分がいた。放課後に食べるクレープがこんなにも美味しいなんて知らなかった、今まで私は何をしていたんだろう。
水野は魔法使いなんだと確信した。


「じゃ!放課後ね」

「ん、また」


(また、って何だよ)

会う事がまるで自然なように返事をした自分に突っ込む。にやけてしまいそうになる顔を隠すように机に突っ伏した。ケータイを取り出して“メロちゃん”情報を確認、彼女は可愛らしいフリルの衣装を身にまとっていた。

(水野はこういう可愛い女の子がタイプなのかなぁ)

ハッとして心の声が漏れていないか記憶を確かめると熱くなる首や顔を冷たく冷えた机に押し当てた。水野のタイプ?私が気にすることかよ、落ち着け。誰にも気付かれないように深くて長い息を吐くと呼吸を止めてみた。トクリ、トクリ。かえって心臓の音が耳に響いた。



チャイムが鳴った後廊下に出ようとしたらすぐに水野の姿が見えた。隣のクラスの女の子に囲まれている。楽しげな会話が聞こえるとわたしの存在がバレぬよう静かに戸から手を離して席に戻った。鞄を机のフックに掛けて椅子に座り頬杖をつきながらぼんやり窓の外を眺める。まだ暗くなるには早すぎる青空で、早く家に帰って落ち着いてしんみりしたいなぁなんて思った。

水野の姿が見えた時に声を掛けるなんて行動はとれなかった。みんな水野と話したいに決まっている、彼は魔法使いなのだからみんなを幸せにしてあげなくてはならない義務がある。きっとそれを苦に感じず彼はこなせるし、その優しいお仕事の一環で私のところにも幸せを届けにきてくれているのだ。間違いない。

最近私は贅沢をしすぎた。みんなの癒しを独り占めしてしまっていたと思う。それなのに誰も私を責めなかったし都合のいいことばかりだ。私は恵まれている。きっと今まで楽しい事もなくそれなりには良い子に過ごしてきたからその分のご褒美だったんだ。欲張ってはいけない。

(でも、動けないなぁ…)

放課後、また、なんて言ってしまったものだからやはり彼に黙って帰るのも失礼な気がする。しかし彼女たちの間には割り込めない。気の弱い私はただ平然を装った顔で窓の外を眺めるしかなかった。本当は彼や私や彼の周りにいる女の子たちのことで頭がパンクしそうだったけれど、誰も悪くないし嫌われないこの環境には怒りを感じる必要もなかった。


「お待たせ!」


突然聞こえた声にあまりに驚いてしまい肩が跳ねる。水野だ。酷く申し訳なさそうな顔をするものだから私も首を振りながら立ち上がった。


「全然待ってないよ!というか、もう大丈夫なの?」

「ん、帰る約束してるって言ってきたから」

「え…あの子達凹んでなかった?せっかく水野と話せて楽しそうだったのに」

「あー、でもニコニコしながら帰ってったし。気にさせちゃった?」

「邪魔しちゃったみたいで悪いなって思って…水野はみんなに好かれてるし、私ばっかりずるい気がする」


あはは、と声を出して水野は可笑しそうに笑った。そのまま手に持っていた鞄を肩に掛け背中を見せるとドアの方へ足を向ける。帰る様子の彼を見て私も慌てて荷物を手に取った。誰もいない教室に水野と2人でいるせいか、胸が熱くなるのを感じる。自分の気持ちを騙せないんだと悟った今の待ち時間を知らないはずの彼が悪戯っぽく振り返った。


「みんながどう思ってるかは知らないけどー、でも俺が幸せにしてあげたいって思うのは1人だけだよ」


西日が差している訳でもないのに、じゃあ帰ろうか、と続けた彼の頬が少し染まって見えた。
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