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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第26話 翠緑と群青の追憶⑮

 『マザー』が青蘭島に現れてからすでに2時間以上が経過していた。午前の位相にあった太陽は中天に差し掛かっている。 
 遥らは再び『マザー』の前に立ち、攻勢を掛かけようとしていた。遥、クラリス、キヌエ、マリオンの4人が突き進み、その後ろにゼンジが控えている。いよいよ間近に迫ると、ゼンジより後方に待機していたレイナ、テオドーチェ、アクエリアがエクシードを放ち、遥達への援護を開始した。光線と火炎と爆風の三位一体である。『マザー』は攻撃を真正面から受けたがやはり決定的なダメージには届いていない様子であった。
 一斉にリンクを繋いだ。
『エクシード・リンク!』
 4人とリンクを繋ぎ、キヌエを除く遥、クラリス、マリオンが『マザー』の攻撃を掻い潜り、接近に成功すると遥が飛び込み、エクシードを発動させた。
 発せられる光彩が空間に伝播していく。空間を侵食していくように広がり、遥と『マザー』を覆った。
 拳が突き出された瞬間、その場にいた全員──遥も含めて──驚愕に目を丸く見開いた。予想以上のエクシードの威力に発動させた本人ともども面食らった。『マザー』の巨体が水袋を揺すったように波打ち、風船のような体躯がクレーター状に大きく凹み、エクシードの作用によって一部が崩壊しかかっている。『マザー』の上体部分が両腕を狂ったバレリーナの踊りみたく振り回し、仰け反り、口から──のっぺら坊の顔なのでどこに口があるかわからないが──鼓膜を劈く叫声を発した。プログレスが『マザー』に対して初めて与えた効果的なダメージであった。
「すごいのだ遥!」
「『マザー』が怯みました。絶好の機会です、ゼンジさん、キヌエさん」
 アクエリア達から少し離れた場所でゼンジとキヌエがすでに体勢を整えていた。
「行きますよ大将」
「……その呼び方はやめなさい」
 ゼンジがキヌエとリンクを繋ぐ。その様を後ろからレイナが苦々しい表情でみていたが努めて無視することにした。キヌエ委員長はリンクの繋ぎ方が上手かった。入学当初、遥と練習していた頃は接続不良でも起こっているのかと思うような齟齬が発生してリンクもなかなか上手くいかなかったことがある。キヌエ委員長はレイナやマリオンと比べるとアルドラ不要論に固執しているわけでは無いということはわかったが、アルドラとリンクした経験はないのではないかと考え、今回のリンクも失敗する危険を考慮していたが結果として杞憂に終わった。拙さもなく当然のように馴染ませたことからアルドラとのリンク経験が皆無ではないのだと分かった。おそらく過去にはアルドラと組んでいたのだろうが、それが何故風紀委員からアルドラを排しようとする態度に変わったのか。正確には、キヌエが認知しようとしないのはアルドラに限ったことではなく、「弱い風紀委員」という存在そのものであるかもしれない。
 空気が振動し、肌を刺すような気配と攻撃性に満ち満ちた雷電がキヌエから発せられ、ゼンジの思考は途切れた。
「考え事に没頭するなんて随分な余裕ね。リンクをあと一段階強化しなさい」
 側にいることさえ阻まれる圧倒的なエネルギー量の奔流がキヌエのエクシードに変換されている。眼鏡越しの鋭い眼光に睨まれ、蛙の心境に達したゼンジはエクシード・リンクに全力で臨んだ。
「先程の遥さんの一撃を上回るエネルギーです。これなら『マザー』も──」
「ふん。キヌエ委員長がいればこそデス。所詮アルドラなど1人では無力に等しいのデスから。それよりマリオン達を退避させマス。キヌエ委員長の巻き添えを喰らってしまうデス」
 レイナの指示で接近していた遥達が退き、間合いが広く開けられた。
「……行くわ」
 太陽の如き輝かん雷光の軌跡に網膜を焼かれ、たまらず目を閉じたために数瞬の間何事が起こったのか観測できた者はいなかった。鼻をつく焦げた臭いと肌に走る電撃の痺れだけを感じることができた。
 衝撃と閃光が収まり眼を開けると、『マザー』の巨体がこじんまりしているようにみえた。違和感を感じてよくよく眼を凝らすと膨張した下半身部分が半分になっており、キヌエ委員長のエクシードで消しとばされていた。体積の大部分が消滅させられ、完全に沈黙している。異常なまでの耐久力を示してみせただけに、キヌエ委員長のエクシードの威力がさらに際立つ光景であった。
「やりましたわね。さすがキヌエお姉さまですわ」
「む、ゼンジだってリンクをしていたのだ。ゼンジのおかげでもあるんだぞ!」
「全快時のキヌエお姉さまなら最初から1人でやってのけましてよ。微小な援護をした程度で粋がらないでくださる?」
「むきー!」
「落ち着いてくださいテオドーチェさん。それでもゼンジさんの功績でもあることは変わりありません。今回の一件はαドライバーの必然性の見直しにも役に立って──」
 諫めるアクエリアが言葉を止め動作も停止させた。驚愕といった感情がアンドロイドの表情に現れている。
「そんな、まさか」
 不吉な吸気音が聞こえたのはその時である。
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