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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第23話 翠緑と群青の追憶⑫

 青蘭学園各地において戦闘が頻発していた。必ずしも全ての戦況が学園側有利とは言い難かったが、戦線を突破されたという報告も未だ届いていなかった。青蘭島には各世界を代表するようなプログレスたちが常駐しているのが最もな理由であろう。そこにαドライバーの助力も加わり、堅固なウロボロスを抑え込むことに成功していた。αドライバーと複数人のプログレスがチームを組み、ウロボロスに対処するという作戦は功を奏しているようにみえる。
 ゼンジはそんな戦況の中を疾駆していた。アクエリアから送られた遥たちの位置情報を風紀委員専用端末から受信し、当該位置に向かっているのである。妨害もほとんどなく、いくつかの戦闘に遭遇したが手を貸すほど切迫しているわけではないので真っ直ぐに遥たちのもとへ走ることができた。広い校庭に着くと、ウロボロスが3体おり、それらと戦っている遥たちがいるのが見えた。1体はほとんど戦闘能力を失っているようで、足を1本引き摺り、動きも明らかに鈍っていた。どうやら深手を与えたようである。他の2体も劣勢に回され、追い込まれつつあるのは確実であった。
 ゼンジは安堵と少々の物足りなさを感じながら援護のため校庭への階段を降りていった。学園では日向美海やカレン、マユカに黒の世界が落ち着いたので一時青蘭島へ戻ってきているソフィーナなどが、各地で善戦し押し返している。また時折眩い光が天に向かって伸びていく光景を見かけるが、きっとキヌエ委員長のエクシードであろう。一撃放たれるごとに位置を移動しているので順長にウロボロスを殲滅していっているのがわかる。学園最強の称号は伊達ではないということなのだろう。味方であるとこうも頼もしい人はいない。
 唯一の気掛かりは引っ込んだまま姿を現さない『マザー』であるが、他の世界でもわずかな時間しか現れていないということであるので何かしら制約があるのかもしれない。空に空いた穴から出て来れないような様子であったから、戦闘に参加するわけではないのだろうか。しかし亀みたく引っ込んだまま出て来ないとなると討滅する側も攻め手を欠くことになる。何とか『マザー』を地上に引き摺り出す算段はないものか、と思案しているうちに遥たちに辿り着いた。
 遥たちもゼンジを認めると勝利を手に掴み取ったという風な表情をし、リンクの間合いに入るよう一つ所に集まった。
「遅れた! すまん」
「大丈夫。ほら、何とかやれてるよ。後もう一押しだけど、さっそくリンク、お願いできる?」
「当然だな。いつでも来い」
「一気に片付けるのだ!」
『エクシード・リンク!』
 リンクを繋ぎ、エクシードが更なる輝きを放つ。今までになく、深く力強い繋がりを遥たちは感じた。アクエリアとテオドーチェの爆炎がウロボロスの甲殻を炭化させ、崩落し、悪魔的な炎舞となって内まで焦がし尽くした。クラリスの剣が美麗な蒼い軌跡を描き、瞬時にウロボロスの両腕を切り落とし、唐竹割りに甲殻ごと斬り裂いた。そして最後の1体を遥が罅割れた箇所に2度目の拳打を叩き、粉砕されたウロボロスはぼろぼろと崩れていった。
「よし、ここはひとまず終わりだな」
「次はどこかへ応援に向かいますか?」
 次の段取りを話し合う側で、遥が上の空でいることにクラリスが気付いて声を掛けると、沈み気味の返答がきた。
「うん、いや、セナちゃん大丈夫かなって思って」
「セナか。ウロボロスの襲撃でそれどころではなくなったが、確かに直前の様子は明らかにおかしかった」
「そうなのだ。急に風邪をひいたみたいになって、気分が悪そうだったのだ」
「何かあったのかな……」
 思い悩む一同にクラリスが言った。
「もしかすると、セナは人の心が読めるのかもしれない」
「そうなのか!?」
 テオドーチェが目と口を丸く開けて驚懼した。他も皆似た顔つきである。
「憶測だが、会話の流れを思い返すと、セナが私の心を読んだということであれば納得できる」
「でも、それならなんで逃げ出しちゃったんだろう」
「きっとセナさんにとって人の心を勝手に聞いてしまうというのは罪を犯したという感覚なのでしょう。聞きたくて聞いたというわけではなく、聞こえてしまったという方が近いかもしれません。無意識的に他人の心を覗いてしまったという罪悪感から逃げ出したのではないでしょうか」
 理論を並べた考察に、しかし遥は承諾し難いしこりのようなものを覚えた。アクエリアの論は限りなく正しいのだろうが、果たしてそれが全てなのだろうかという疑問だった。靄が降りてきて大して良くない遥の頭の働きをさらに鈍らせた。
「どうする遥。ここに残るか。ここから動くか」
 クラリスが選択を突きつける。悪意からではない。悩む遥の思考を二者択一の単純化によって無駄な思惟を取り除こうという配慮があった。それでも遥は決めきれない。動けばこの場が手薄になる。その隙にウロボロスが攻めて来るかもしれない。とはいえセナを放っておくことも不安の種を体に埋め込むのと同じことだった。
「へいリーダー」
 ゼンジが気さくに声をかけた。
「お前が理想とする未来はどれだ」
 突飛な質問であった。聞かれた側と聞いた側の反応は対極にあった。突然故に遥の口から言葉が滑り出た。
「みんなが笑える未来」
「OK。だったらここで突っ立ってるわけにはいかねーだろ。俺らを引っ張って連れてってくれや、リーダー」
 この言葉で心は決した。何が物事に最終的な審判を下すのか。一律な解答があるとは思えない。だが得てして判断の天秤を傾かせるものは、1枚の羽ほどの軽さで充分であるかもしれない。
 黒い太陽が再び蠢いた。赤い凶星。絶望の死の淵。『マザー』が外界へ出現した。そして風船のように膨らんだグロテスクな肉塊を外へ押し出すと、肉を押し退けて細い筒──『マザー』の体積と比較して細いというだけで、戦車の砲台ほどの直径と長さを有しているであろう──が伸び、砲口を下界へ、つまり青蘭学園へと向けた。空気が圧縮されるに似た音が聞こえたかと思うと、遥たちは吹き飛ばされていた。
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