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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第22話 翠緑と群青の追憶⑪

 『マザー』によって黒い太陽の円周はさらに押し広げてられていく。上半身部分は完全に外へと露出し、奇妙に不気味に舞踊を舞っている。黒い太陽は4倍から5倍の大きさにまで拡張され、黒黒とした虚空の穴が青蘭学園の上に空けられた。
 穴を押し広げていた『マザー』は突然動きを止めた。時間が停止したのか、と数瞬辺りを窺ってしまうほど唐突であった。
 『マザー』は体を穴の中に沈ませた。静穏。しかし誰も黒い太陽から目を離せない。予感していたのだ。状況は推移ではなく、急転しようとしていることを、誰もが直感的に感じていた。
 恐慌の揺籃は開化した。『マザー』が引き退がって空いたスペースを、例の随伴機のウロボロスが群れ集まり、円の縁から降下し始めた。学園の外れに次次と落ちては粉塵を巻き上げる。鈍い地響きが青蘭島に轟いた。
 青蘭島に墜落したウロボロスは、地面に鋭角な凹みを穿ち、節足を開いて学園へと迫る。森に、川に、道路に降下して作戦を決行する特殊部隊さながらに学園へと直進してきた。
 遥、クラリス、テオドーチェ、アクエリアの所にも数体のウロボロスが校庭の土を抉りながら近づいてくる。
「わ! わ! 来たのだ! どうするのだ!」
「倒すよ! まずは落ちてきたウロボロスを全部倒さないと!」
「その通りだ。学園には戦えないプログレスが多くいる。彼女たちのもとへ近づかせるわけにはいかないな」
「修行の成果を見せる時だね。前とは違うってことをみせてやらないと」
「ゼンジさんに位置情報を送っておきました。すぐに駆けつけてくれるはずです」
「ゼンジが来るまで無理には攻めるな。ここに引き留めることに集中するんだ」
 先頭のウロボロスが鎌を振り上げ、地を蹴って飛び掛かってきた。遥たちは四方へ飛び、アクエリアは爆弾を鈴状に生成して爆破の鎖を絢爛と描いた。遥が脇から拳を叩く。ウロボロスがわずかにたじろいだ。甲殻を破るには至らなかったが前より威力が数段上がっていることは明らかである。この成長ぶりはテオドーチェとアクエリアを大きく引き離していた。遥個人の伸び代がそれほどあったのか、または、遥のエクシードの特性によるものかはまだ不明である。遥のエクシードは本人ですら全容を把握できておらず、ただ拳が光るに留まるだけのものであるのか、その光はただ副次的なものなのかはまだ決まりきっていない。この戦いが彼女を飛躍的に成長させるであろう。その予兆はすでに見え始めていた。
(イメージ。イメージ。エクシードをギューってしてグワーっと放つ感じ。そして最後にズダーンで力を込める)
 遥にこの感覚的なイメージを植え付けたのはクラリスではない。クラリスはこのような野性的な感覚より、理性的な知覚でエクシードを使う。遥に上記のようなイメージを与えたのは、学園の教師である安堂環である。元プログレスである彼女は現在は青蘭学園の教師として後輩の育成に注力しているのだ。
 遥は安堂教諭からの助言を思い浮かべ、さらなる一撃のため集中を高めた。拳にエクシードを収斂させ、針のように鋭い気迫を溜め込む。光の粒子が拡散した。金色のダイヤモンドダストが遥の周囲を円舞し、渦を巻き、全身を包む。
 気を充分溜めた拳を後続のウロボロス目掛けて振り切った。鈍色の甲殻は細やかな破片を散らし、遥の身長を超える長さの罅が甲殻に刻まれた。
「す、すごいのだ遥」
「遥さんの周囲に複合的なエネルギーの波長が発せられています。これは、エクシードが遥さんの周囲の空間に影響を与えている? どこかαドライバーが作り出すαフィールドに似ている要素を感知できます」
「あれが遥のエクシードの本当の力なのか? すごい威力だ。特訓ではあのような力は発揮できていなかったが」
「遥さんは実戦タイプなんですね」
「とにかくこれならあのウロボロスにも通用する。遥を援護するぞ」
 クラリスたちが攻勢に出ようとした同時刻、学園の別の場所で雷霆が爆ぜた。余波は空気を震わせ、延々と鳴動を響かせる。この一撃によりウロボロスの小群が蒸発した。
「次のポイントへ向かうわよ」
 体から赤雷を放電させながらキヌエは言い終えぬうちに屹然とした歩調で歩き出している。その後をシャムが付いていく。
「次はここから西側に行った所なん。ウロボロスが学園に近づいてるらしん」
「わかったわ。マリオンたちはどう」
「苦戦してるけど止めてるん。レイナも同じなん」
「……クラリスのところは?」
「ウロボロスが数体来たけど、今のところ優勢なん。あっちは心配ないん」
「そう、ご苦労様シャム。あなたも迎撃に戻りなさい」
「了解なん」
 シャムが行ってから、キヌエは空を見上げた。黒い太陽は未だ光無き漆黒の輝きを維持している。『マザー』の姿は見当たらなかった。今回は参戦する気はないのか、それとも時期を見計らっているのか。得体の知れないだけに思考を読み取るのは至難を極めた。今はただ機械的に降りてきたウロボロスを殲滅することしかできない。先はまだ長い果てにあるように思われる。キヌエは西へと向かっていった。
 
 
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