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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第15話 翠緑と群青の追憶④

 青蘭学園の教室では、学生同士が他愛ない会話に百花繚乱の華を咲かせている。この青蘭学園に所属する学生はすべからくプログレスまたはαドライバーであるが、彼ら彼女らの青春の一時は、世界の命運とか、崩壊の危機などが陰険な触手を伸ばしても決して奪うことはできないのである。学生たちは、訓練と学業の間のささやかな休息時間に、あるところでは笑い、あるところでは怒り、あるところでは感傷に耽るといった、十人十色の喜怒哀楽に瑞々しい感性を発露させていた。
 そんな教室の一隅で、やはり今、2人の少女が初々しい可憐な華を咲かせていた。
「マユカちゃんだよね! 私、日向美海っていうの。緑の世界から来たんでしょ。私まだその世界のこと全然知らないから、教えて欲しいなぁ」
 美海が紫がかった色の長い髪のプログレスに話しかけている。相手は今日から青蘭学園への入学手続きが済んで正式に生徒となったマユカである。教室においても統合軍の軍服に身を包んでいるが、他世界の生徒の大半は学園指定の制服を着用していないので、とりわけ目立つこともなかった。
「日向、美海さん、ですか。先程の会議にも出席していた方ですよね。え、えーっと、初めまして? 私、グリューネシルト統合軍所属、マユカ=サナギ少尉です! 本日付でここ青蘭学園付属とな、なりました! よろしくおみぇが…お願いします!」
 勢いよく立ち上がって椅子が音を立てた。直立の姿勢で敬礼する姿は間違うことなき軍人である。
「わぉ! あはは! そんなにかしこまらなくてもいいよ。私たち同い年だし、美海でいいよ。これから仲良くしようね! さっそく緑の世界のこととか、マユカちゃんのこととかたくさん教えてよ!」
「は、はい! 私も青の世界のことと、み、美海さん、のこととか、たくさん知りたいです」
「いいよ! まずはねー、私の好きな食べ物は──」
 実に和やかな雰囲気である。対して、違うクラスのとある教室では、美海たちとは全く異なる、緊張を孕んだ剣呑な空気が教室の一隅で陣を張っていた。周りの生徒たちも、下手に口を挟めず、穴に隠れた兎のように遠巻きに様子を窺うことしかできない雰囲気である。
 陣中で構えているのは2人。1人は椅子に座っており、読書を中断させた、机の前に立ち、腕を組んで仁王立ちしている人物を見上げていた。
「フーム、お前がおれにそのようなことを言うとはな」
 椅子に座っているのはαドライバーのライゴである。
「珍しいこともあるものだ。空からは槍ならぬハルベルトでも降ってきそうだな」
 ライゴの前に立っている人物は、来た最初から渋面をつくり、不本意極まることを隠そうとしない。したとして、その努力が徒労に終わることを確信しているのであろう。
 ライゴは怖れも怯えも見せず、目の前の相手を直視している。その瞳にはどこかこの状況を面白がるような、楽しむような色が浮かび上がっており、それが一層、相手に不満を募らせるのだということを知悉していて、あえてそうしている節すらある。
 数十瞬、周りの人間からは数分にも思える沈黙の対峙が経過し、ライゴが手に持っていた本を閉じ、机の中に仕舞って立ち上がり、親指で外を指し示して言った。
「表に出ようか、ゼンジよ」

 青蘭学園の校庭に連れ立って現れたライゴとゼンジは、桜の木々が等間隔に並べられた校庭の周囲を取り巻く沿道を歩いていた。
「おれに頼み事をしてくるあたり、お前の状況は相当に切羽詰まっているようだな」
 図星を突かれゼンジは黙りこくる。それを面白そうにライゴが観察している。
「まぁ、おおかた風紀委員の仲間たちのためなのだろう。意外に健気なんだな」
「うるせーやい」
 沿道の途中に設けられた、広々と空に枝葉を広げる楠の下の、芝生が敷かれたちょっとした空地で、2人は正対して立った。
「おれがお前の頼みにどれだけ応えられるか分からんが、この学園ではプログレスより断然数の少ない同じアルドラ仲間のよしみだ。困っていれば助け合わなければな。できる限りのことは教えてやろう。しかし、何故急に気を変えたんだ?」
 ゼンジは今日の会議で語られた内容を話した。
「なるほど。今日はまだカレンに襲われていないから妙だと思っていたが、そんなことがあったのか」
「お前の日常の感覚はかなり狂ってるな」
「『マザー』か。できることならお目にかかりたくない相手だな」
 全く同感である、とゼンジは思った。しかし風紀委員に所属している以上、お目にかかりたくないなどと言って逃げ出すわけにもいかなかった。
「お前はどこかの委員会に入る気はないのか?」
 学園では貴重なアルドラである。引く手は無数にあるはずだ。
「断るな。部屋にまだ開封していないガンダ〇とミリタリーのプラモデルが積み重なっているからな。貴重な時間を委員会活動なんぞにくれてやる気はない」
 プラモオタクめ。
 胸中で軽く罵ってみたが、自由奔放な生き方にわずかながら嫉妬も覚えたので、それ以上言うのをやめた。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。αドライバーとして数年先輩のおれから、新米へ特別講義をしてやろう」
 
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