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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第14話 翠緑と群青の追憶③

「キヌエ先輩!」
 会議室を出て廊下を歩く正規風紀委員の後ろから呼び止める声が響いた。キヌエたちが足を止め、振り返ると、声を発した本人である遥が決意した眼をしてそこにおり、その背後にクラリスと新参者たちが心配そうに見守っている。
「あの、お姉ちゃんは、東条悠は今回の異変の対策には参加しないんですか」
 遥には悠という名の2つ上の姉がおり、彼女もプログレスで風紀委員に所属していた。遥が風紀委員を目指した理由は、ひとえに姉に対する憧憬が記憶の中で輝いていたからである。
「悠は今別件で風紀委員を離れて活動しているわ。だからこの異変には彼女を当てることはできない。私たちのみで対処することになる」
 赤い瞳が遥から後ろのクラリスへと移った。
「クラリス、あなたもこちらへ戻ってきなさい。人手が足りなくなるかもしれないわ」
 これは遥たちの自尊心を著しく傷つけた。今の遥たちでは戦力にならないと言い捨てたのだ。しかし、キヌエの言葉が単なる誇張表現であるとは言い難い。遥たちとキヌエたちの間には、その言葉に足るだけの実力の差が存在するのだ。
 テオドーチェが短い唸り声を上げ、アクエリアは思わず目を伏せた。クラリスが指導のために遥たちと行動を共にしているのは周知の事実であったから、その任を解かれれば、当然元の場所へと戻るだろう。力不足だと突き放されるより、クラリスと離れることに彼女たちは苦渋の思いを禁じ得ないでいた。
 クラリスは数瞬の間をおいて、その眼は遥、テオドーチェ、アクエリア、ゼンジと流れていった。
「いえ、キヌエ委員長、私はこちらに残ります」
 意外な返答であった。本人以外の全員が瞠目し、クラリスを凝視している。
「遥たちは決して弱くありません。確かに今はまだ及ばないところが多々ありますが、彼女たちの成長の振れ幅はとても大きいと思います。ウロボロスが攻撃を始めるまでに、私が彼女たちを鍛えます。少しでも強く、戦えるように仕上げてみせます」
「クラリス!」
 マリオンが鋭い眼つきで睨み、叫んだ。複雑な感情が混ざり合い、体の内部で濁流を形成し、外へ溢れ出るのを抑えているかのような形相であった。
「フン。アルドラがいなければ、ろくに戦うこともできない連中を鍛えてもたかが知れています。クラリス先輩がそんな無駄なことに付き合う義理はないはずデス」
 レイナがこれもまた痛烈な批評を吐き捨てる。上から目線な態度は、そのまま自らの力量に対する自信へと直結している顕れである。
 キヌエたち正規の風紀委員メンバーは、断固としたアルドラ不要論者である。キヌエとシャムはあまり口に出して公言したりはしないが、マリオンとレイナは不要論者の急先鋒であった。αドライバーに頼るのは弱者のみ。プログレスの誇りは個人の実力のみに信を置くべきであるという強硬な態度を信条としている。遥たち新参者が実力以上にキヌエたちとの間に融和せざる要因があるのは、まさしくこの不要論を巡ってのことであった。
 これはゼンジが風紀委員に入ってから頭を悩まし続けている問題である。αドライバーを連れてきた遥に、アルドラの存在を容認し、あまつさえそれを頼りにする新参者たち。クラリスが遥たちの指導を任されたのは、アルドラ不要論を信奉していなかったからである。しかしそんなクラリスであっても、最初の頃は他者の力を借りて戦うという前提は受け入れがたい心情を伴った。自らの力を信じる者ほど、他者の存在を容易には承認できないのだ。ゼンジは1日にして己の立場の窮状を思い知った。
 そもそもαドライバーであるゼンジが風紀委員に加入できたのは、過去にはアルドラも風紀委員に所属していたという前例があるからに過ぎない。役に立たないと判断されれば、即刻切り捨てられるであろう。そうなった場合、ゼンジを連れてきた遥はどうなる? アルドラを頼るべき存在として慕ってくれているテオドーチェとアクエリアはどうなる?
 ゼンジは他の誰よりも、己の有用性を示さなければならない。そうであるのに、先日のウロボロスとの戦闘はどうか。結果としては勝利を収めたものの、その後検査入院として病院のベッドに縛られていたではないか。今日の会議で判明したことでは、あのウロボロスは本体の随伴機に過ぎないという。たかが随伴機1匹に苦戦を強いられ、負傷していては、来るべき『マザー』との戦いで、どれほどのことができるというのか。ゼンジは己の不甲斐なさを噛みしめることとなった。
 やれやれ、αドライバーというものは世知辛い。なにか役得できるものが、1つでもあるのだろうか。
「……そう思うなら好きにしなさい。でも、事態が急変を来たした時は、指導係の任務を捨てて、ウロボロスの迎撃に全力を尽くしなさい」
「はい。ありがとうございます」
 キヌエは抑揚の少ない無機質的な口調で言い終えると、背を向けて歩き去ってしまった。その後を、まだ何か言いたげなマリオンと、どうにでもなれと言わんばかりの態度と表情をしたレイナが付いていった。シャムはいつのまにかその場から消えている。
 キヌエたちが去った後、遥たちはクラリスに抱きついた。自分たちを信用し、キヌエの命令に背いてまで庇ってくれた彼女に、感謝と賛美の言葉の滝を浴びせかけた。
 その光景を1歩退いて見ていたゼンジは、ある決断をした。その決断は非常に不本意なものだったが、遥たちの笑顔が迷いの影を瞬時に消し去ってしまった。
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