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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第5話

「4年か3年、ですか」
 銀髪のアンドロイド、ユーフィリアは、覚悟していながらも、やはり失望を覚えずにはいられなかった。視線は一瞬自分の足の爪先に下降し、すぐにDr.ミハイルの平静な表情へと上昇した。
「その結果に行き着く根拠は?」
 多少の演技が入っていたかもしないが、表情と声は気丈さを取り戻していた。
Dr.ミハイルはタブレットを机に置き、コーヒーを一口飲んでから言った。
「5つの世界がこの青の世界〈地球〉を介して連結してから、すでに10年以上の月日が流れた。その間、ウロボロスは力を増しつつある。現在のウロボロスと、連結当初に出現し始めたウロボロスとでは、天と地、ほどとは言わないが、耐久力、膂力、知力各性能において大きく上回っているケースが多い」
「つまり、このままいくと、3年4年後には、プログレスでは対処できない力を保有したウロボロスが出現する。ということですか」
 Dr.ミハイルはかぶりを振った。
「いいや、違う。成長しつつあるのは、ウロボロスだけではない。ウロボロスが強大になるに比例して、プログレスたちのエクシードも強力になっていっている。特に分かりやすいのがαドライバーの出現だ。彼らの力によってアルドラとプログレスがリンクすることで、プログレスは普段では出し得ない出力のエクシードを発現することが可能となった。これによって戦力が大幅に強化された」
 朗々と語るDr.ミハイルからは感情の起伏をほとんど感じ取れない。
「αドライバーはプログレスを守る盾。プログレスはウロボロスを倒す剣」
 ユーフィリアはいつぞやどこかで耳にしたアフォリズムめいた言葉を呟いた。その時でも今でも、何と単調で卑屈な言葉だろうと思う。Dr.ミハイルもその所感に同意したのか、吐息を漏らすようにコーヒーに息を吹きかけた。
「その剣と盾を持っているのはどこの誰なんだろうな」
 ユーフィリアはその発言に微妙な表情で返した。Dr.ミハイルは一瞥して続ける。
「話を戻そう。長い間追い付き追い越しのいたちごっこが続けられてきたが、もちろんこの状態が無限に続くわけはない。いずれ必ずどこかで限界点を迎えるはずだ」
「先に限界点に到達してしまった方が、劣勢に追い込まれますね」
「というより敗北が決定的だ。徐々に差が開き、すり潰されることになるだろう。しかしだな、私はこの限界点が、プログレスとウロボロス、両者ほぼ同時に訪れると考えている」
 尊敬の情を寄せる科学者の見解に、ユーフィリアは瞠目した。
「それは、なぜですか」
 尋ねる声に明晰さが欠ける。
「プログレスのエクシードとウロボロスは、同一の動力源を共有しているからだ」
 ユーフィリアの瞳に光の煌めきが流れた。
「エクストラ・エネルギー……」
「そうだ。プログレスはエクシードを発現させることでエクストラを生み出し、ウロボロスはそのエクストラを取り込んで成長する。強力なエクシードほど、多くのエクストラを生み出す。プログレスの成長の限界点が、ウロボロスの成長の限界点でもあるわけだ」
「それで、力は拮抗し続ける、ということですか」
「そうだ。そしてこの拮抗状態こそ、世界崩壊への導火線を火花が走っている状態なんだ」
 Dr.ミハイルはマグカップを傾ける。コーヒーは冷めてきていた。
「強力なウロボロスに対抗するため、プログレスはより強力なエクシードを身につけ、生み出されるエクストラを吸収してウロボロスは強くなっていく。そうすることで何が起きる?」
「エクストラの枯渇ですね」
「科学の初歩だな。質量保存の法則。0から1は生まれない。エクストラを大量に生み出し続けることで、エクストラの元となるエレメントが減少していく。エクシードもウロボロスも衰退傾向となる。あとは必然、限界点を迎えてから減少期に入り、やがて消滅する。エクストラの消滅は可能性の消滅。世界の存在そのものの消滅というわけだ」
「その期限が、3年から4年……」
 2人はしばらく口を開かなかった。壁際に並べられた機械からは、常に低く唸るような稼働音が聞こえ、自らの使命を堅実に果たそうとする機械が、己の忠実さを主君に示そうとしているようであった。
「対策案は?」
 沈黙を破ったのはユーフィリアだった。
「考えてはいる。だが現状、有効な手立てを見つけられずにいる」
 コーヒーを飲もうとしてマグカップを近づけたが、空になっていることに気づき、タブレットの横にカップを戻した。ガラス質の机の上で金属的な音が反響し、鼓膜を嫌に引っ掻く。Dr.ミハイルは、ユーフィリアがこの部屋に入ってきてから初めて鉄仮面を崩し、様々な思慮が内混ざった顔を向けた。
「ユーフィリア。”お前がつくられた未来”では、世界はどうなってる?」
 きっと返ってくる答えは決まっていた。そうわかっていながら聞かずにはいられなかった心境は、筆にも口にもあらわせない。数瞬の後、予想通りの答えが返ってきた。
「すいませんDr.ミハイル。私がいた未来でのことは、お話しできません」
「……ああ、そうだな。つまらないことを訊いた。すまなかった」
「Dr.ミハイル。本当に手はないのですか。何でもいい、ほんのわずかでも、未来につながるような何かは」
 半ば懇願するような声だった。聞く側の方が痛々しい思いに駆られるほど、焦燥が滲み出ていた。
「なにかあるとしたら」
 一度言い淀み、意を決して言った。
「緑の世界〈グリューネシルト〉だ」
 Dr.ミハイルは、いつもの精彩さが色褪せていたが、彼女の人格を支える不羈の心は、揺らぎなど微塵もみせなかった。
「確証とか根拠などはない。ただ…まあ、そうだな…、”カン”というべきなのかな。ははっ。こんなことを言っては科学者失格だな。だが、グリューネシルトにはアンノウンがある。手詰まりな現状を打破できるとしたら、暗闇の中に手を突っ込んで、何かしらを掴み取るということぐらいだ」
 長方形の窓から青蘭島を囲む青海が見え、太陽は西に傾き、夕刻が近づきつつあった。あと2時間もすれば、空には一番星が輝くだろう。手を伸ばしても届かない高さに。
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