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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
目次

第1話

 ある日、地球の空に別の世界へとつながる4つの門が現れ、5つの世界が連結した。

夜と魔法の黒の世界『ダークネス・エンブレイス』

七人の女神が治める赤の世界『テラ・ルビリ・アウロラ』

全てがシステムによって管理された白の世界『システム=ホワイト=エグマ』

徐々に衰退しつつある緑の世界『グリューネシルト』

そして、青の世界『地球』

 世界が連結したと同時に、世界各地で異変が生じ始めた。それは、全ての世界を崩壊へと導く破滅の前触れだった。
 しかし、同時に、破滅に抗うかのように、それぞれの世界で『エクシード』と呼ばれる異能に目覚めた少女たちが現れ始めた。『エクシード』を使役できる彼女らは『プログレス』と呼ばれ、5つの世界に突発的に出現する世界の敵『ウロボロス』を消滅させられる唯一の存在であり、各世界のプログレスたちは、4つの世界へのゲートが開いた青の世界へ集まった。
 青の世界にある『青蘭島』。他世界へのゲートが開いているこの場所を、世界で頻発する異変への対策のための拠点とし、プログレスたちはこの青蘭島で、自らのエクシードを鍛え、世界の異変へ備えている。
 プログレスの出現によって、青の世界ではもう一つの変化が起こった。プログレスのエクシードの力を引き出し、上昇させる能力を有する『αドライバー』の存在である。
 プログレスとして目覚めた少女とαドライバーたちは、青蘭島にある学園『青蘭学園』へと通い、学業に励みながら、他のプログレスと切磋琢磨して自らを成長させ、時に現れるウロボロスと戦う日々を過ごしていた。

 立春からおよそ3か月。八十八夜を過ぎた5月のこの日の陽射しは、晩春というより初夏に近い趣が感じられた。窓辺にいると薄いカーテン越しに陽が当たる肩から背中にかけて天日に熱せられ、首筋に汗が薄く張り付いて襟元を湿らせる感触はひどく不快だった。ノートで扇いでも涼感はほんの一時の安息でしかなく、涼が去った後は暑さが層倍のものとなってゼンジの体を焼いた。制服の上着を脱いでも暑気は減じることはなく、衣替えの前倒しを切に願わずにはいられない気持ちだった。
 現在は最後である6限の英語の授業の最中であり、授業時間もあと残り10分を切っていた。あと少し、あとわずかこの暑さに耐えれば解放される。もはや思考はそのことに集中し、授業の内容など耳に入っていなかった。暑さを紛らわせるのに、ペンをいじったり、ノートにつまらない落書きなどして暇を潰しては、目を上げて時計の針の進捗を確認する。細い秒針が寸分の狂いもなく動く退屈を具現した場面が繰り広げられ、前に確認した時から30秒しか経っていないことに失望に沈んだりした。
 時間の経過が遅滞を極めていることを恨めしく思い、窓からの景色に視線を転じた。カーテンが掛けられているが薄い白地のカーテンであるから、外の様子が透けて見える。ここから見える学園のグラウンドには誰もおらず、やけに広く感じるグラウンドは、静穏に満ちていた。空を見上げると、季節外れの暑苦しさをもたらす太陽と、太陽とよく似た、しかし熱射を降り注ぐことも、東から西へ黄道を通っていくこともない、4つの異世界への門があった。この異様な光景は、青蘭島でしか見ることのできない珍妙なものだったが、今のゼンジにはたいして関心はなく、
(宙に浮かぶあの門は地上からどれだけ離れているんだ、遠近感が狂ってよくわからん)
 とおよそ生産性の皆無な無駄な思考に耽り、時間の浪費を図ろうとしていた。
 徒に時間を過ごしているうちに、教室のスピーカーからチャイムが鳴り、授業の終わりを告げた。ゼンジはこの時、地獄で仏に出会ったかに感情が高ぶり、胸の内と外で同時にガッツポーズをした。

 さっさと帰り支度を済ませ、鞄を手に持ち、上着を脇に抱えて教室を出た。だが、向かうのは自宅への帰路ではない。暑さに辟易した嘆息を漏らしながら廊下を渡り、ある教室の扉を開く。そこは、普通の教室の3分の1にも満たない、物置か準備室と言っても差し支えない広さの部屋で(おそらく実際はそうだったのだろう)、置かれている長机やらパイプ椅子やらホワイトボードも、少々古臭さが感じられ、どこかから拝借したお下がりであることは明白な代物だった。
 ゼンジはパイプ椅子の1つに上着と鞄を置き、閉まっていた窓を開け放った。空気が沈滞した密閉空間に新鮮で爽やかな春の大気が流れ込み、木陰で休んでいた緑風が汗を乾かし、暑気を払ってくれる。その心地よさを全身で堪能し、ネクタイを解いて首元のボタンを外し、長袖シャツを肘が露出するまで捲くった。
「あ~生き返った」
 思わず心の底からの感嘆が口から漏れ出た。ようやく拷問に耐えるかのような暑苦しさから解放されたことで、気の緩みが出てしまったのだ。ゼンジは我ながら今のは爺臭かったと、ちらと周囲を確認して誰にも聞かれていないことに安心した。
 パイプ椅子の背に半ば座るようにして風に当たっていると、部屋の扉が開かれ、誰かが入室してきた。
「あ、ゼンジ君、もう来てたんだ。早いね!」
 元気で溌溂とした声。振り向かずとも、入ってきたのが誰であるかが容易に分かった。
 扉を開いて現れたのは、我らが委員長、東条遥である。

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