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ゴルゴ13の休暇

原作: その他 (原作:ゴルゴ13) 作者: paranto
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第一話

港湾査察官アミドゥ・パパダキスは初めてその男を目にした時、身体に緊張が走るのを感じた。

今でもこそ鄙びた小島の出入国管理に携わっているが、若い時分はサンパウロの大空港の警備主任として第一線で身体を張っていたこともあるのだ。
“その筋”の種類の男は一目見ただけで本能的に察知できる。

こちらの緊張を気取られないようにデスクに近寄ってくる男の全身に目を走らせた。

角刈りに薄いサングラス。角ばった顔、レスラーのようにがっしりとした体格。
東洋系の顔立ちだが、物腰は場慣れた国際的なビジネスマンのそれだ。
先ほど大陸からの連絡船が着いたばかりで多少混雑している。しかし男の存在感はひときわ異彩を放っていた。

男はパパダキスに向かって軽く手をあげデスクにスーツケースを置いた。
肩を怒らせてるわけでもないし睨みつけるような表情もしていない。
しかしどことはなしにに周囲を警戒するような「硬い」雰囲気が身についている。

パパダキスは愛想よく男に笑みを見せた。
「エストラーダ島へようこそ」
その東洋系の男は表情を変えずに頷く。
「こちらエストラーダ島は小さな島ですが、スペインの自治領でブラジル政府の管轄ではありません。パスポートが必要になりますがご存じですか?」
「分かってる」
男は言葉少なにデスク上にパスポートを滑らせた。
「どうも。たまに自由に出入りできると勘違いされる旅行者がいるので」
パスポートには「デューク・トウゴウ」とある。名前とパスポートから察するに日系人のようだが、こんな島には珍しい。
「今回はお仕事ですか」
東洋系の男は表情を変えずに首を振る。
「違う、バケーションだ。ブラジルの方で一仕事終わったばかりだ」
「休暇に滞在されるわけですね、セニョール」
パパダキスはパスポートを置いてスーツケースに手を伸ばす。
「失礼ながらお荷物を改めさせていただきます」
「ああ」
パパダキスはさりげなくも二重底や隠しポケットを念入りに探る。だが怪しい仕掛けは見当たらない。
「ありがとうござます。あと金属探知機でお身体を見させていただきますね?」
“トウゴウ”は黙って頷く。パパダキスは探知機を手にデスクの反対側に回った。
探知機を軽くあてて全身を探る。時折手で服に触れる。
「…………」
男は言葉を発しない。顔を正面に向けているが明らかにパパダキスの一挙一動を視界に入れている。
(なんだこの威圧感は……)
暴言を吐くでも暴れるわけでもない。しかし身体を探っているだけで全身が汗ばんでくる。
調べ終わるころには街のギャングと決闘でも済ませたような気分になった。
「武器などはお持ちじゃないですね?」
わざと冗談めかして言ってみる。男は冷ややかな目付きのまま答えない。射抜くような視線にパパダキスは発言を後悔した。
「……言ったはずだ」
「はっ?」
「ここには休暇で来た。武器は必要ない」
「あっ、そうですね。承知しました」
手続きを進めながら男の視線を避ける。
「ほかに申告するようなものがないなら、これで完了です」
デューク・トウゴウはパスポートと荷物を受け取ると立ち去った。

気付くと制服の脇の下にびっしょりと汗の染みができていた。

パパダキスは男を見送ってからもしばらくその場から動けなかった。

男は何か違法なことをやったわけではない。パスポートや手荷物にも全く不備はないのだ。表面だけ見ればことさら上司に報告すべき点はない。
しかしどうみてもただの「観光客」とは思えなかった。

パパダキスはハンカチを取り出して首筋の汗を拭う。男に何か手出しをされたわけでもないのに精神的に血を流したような気になって、パパダキスは何度も身体を拭った。

最近では、いわゆる「好ましからざる人々」の出入りがエストラーダ島に増えてるのは事実だった。

ただでさえ鄙びた小島で政府の目が行き届きにくい。またスペイン自治領であることで国家間の法律のはざまにいるような存在で、ブラジル官警の管轄が異なってしまう。
密輸や麻薬取引には絶好の場所でその種のダーティー・ビジネスの中継に使われていることは公然の秘密だった。

入国審査でも「それらしい連中」をパパダキスは何度も見かけていたが、マフィア関係者であるからといってすぐに手立てをとるわけではない。
どうしても見逃せない不備があるとか問題ある荷物が発覚でもしない限り多少の事なら目をつむる。
派手にやりすぎない限りは甘々に対処するように現場のスタッフは言い含められてる。
「鼻薬」をかがされてる議員や役人は多いのだ。

そして何より貧しいこの小島では訪問者が落とす金が無視できないのも事実だった。

(まあいい、ほっとこう。俺の管轄を超える)
ならず者や犯罪者ともまた違う雰囲気。
(あの男は自分が今まで扱ってきた問題を超える何かがある)
例えばうっかりとVIP関係者に失礼したとかとか… そうした感覚に似ていた。
藪蛇になってそれなりにやれてる今の仕事を失うのも馬鹿らしい。

パパダキスは頭を振って男のことを追いやり、家族連れの相手をするためにデスクに戻った。
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