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そとづら

ジャンル: その他 作者: 久宮
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第1話

いつもの時間に起床し、スマホでニュースをチェックする。
シャワーを浴び、髪型をセットし、クローゼットを開けスーツ、ワイシャツ、ネクタイを選ぶ。もちろんそこには、シワなど全く見られない。
玄関で靴の汚れを確認すると、いつもの時間に家をでる。
出勤途中に、いつものコーヒーショップに立ち寄り、サンドイッチとカフェラテを購入。
それが、佐々木の朝のルーティーンだ。


「おはようございます。本日付で、この本社より北関東支社に配属になりました林です。年は35歳。慣れないことも多いから、しばらくはみんなに助けてもらう事も多いと思うけど、宜しくお願いします」
朝礼で案内されたその男は林と名乗った。
(身長も高いし、顔もいいじゃん。それに、ワイシャツから出ている首を見る限りは、体つきもよさそう。)
なんとなくで話を聞きながら、しっかりチェックを入れてみる。
(ん?)
首から下げているネームプレードのストラップを直す左手に目を移した。
そこには、窓からの日差しに光る、薬指の指輪があった。
(なんだ。結婚しているのか…残念)
そこで、佐々木の彼への俺の観察は終了した。

佐々木涼。29歳。男しか好きになれない。でも、それをバカ正直に言ってやっていけるほど、世の中が出来ていないことも知っている。

「新しい係長、かっこいいね」
「ねぇ。書類持っていくのちょっと楽しみ」
女性社員の小さな声があちこちから聞こえる。今まさに、佐々木も同じことを思っていたのだから、その気持ちは分かる。でも左手に光る指輪に気付いたことで、もうただの上司の一人になったところだ。
(ま、指輪がなくても、俺には無理なことなんだけどな)
「じゃ、今日からみんな頼むね」
課長の言葉とともに朝礼が終わり、みな自分の席に戻っていく。佐々木もデスクに戻り、パソコンの画面に目をやり、それとともに今日の予定を確認する。
「悪いんだが、だれがどんな仕事をやっていて、何の案件を持っているのか教えてほしいから、今の仕事に余裕がある人から、俺のところに持ってきてくれないか」
林は自分のデスクに戻る前に、佐々木たちの島にやってきて声をかけてきた。
「了解しました」
林のほうを向き、口々に返事を返えす。先程、こそこそと話していた女性社員が、ファイルを持ってデスクを立つのが目に入った。佐々木は、引き出しからファイルを取り出して目を通し始める。そして、これからの仕事の順序立てをする。
(ちょっと報告無理かもしれないな)
午後からは社外での打ち合わせが入っているため、午前中にデスクワークを終わらせなくてはいけない。佐々木は自分の席を立つと、先程の女性社員の仕事内容を確認中の林に声をかけた。
「係長、お話中にすいません」
林は声のする方へ顔を上げた。
「どうした?」
持っていたファイルに指をはさんで閉じながら答えた。
「今日なのですが、急ぎの仕事が詰まっていまして、報告する時間が取れなそうなんですが」
佐々木は、林のデスクのとなりに立った。
「午後から打ち合わせがあるので、午前中もバタついていまして」
佐々木が状況を説明すると、林は
「分かった。先に言ってくれてありがとう」
と、笑顔で返した。報告が済んだ佐々木は、自分のデスクに戻る。
(なんだ、あのかわいい顔)
キリっとした顔がからは想像のできなかった、かわいい顔に佐々木は内心ドキドキしながら、デスクのファイルを開く。そして、少し上機嫌になりながら、パソコンに向かった。

午後の打ち合わせが終わり、このまま直帰しようとしたところで、佐々木のスマホが着信を知らせた。
「もしもし」
「お疲れ様、茂森だけど」
電話の相手は、経理部の茂森加奈だった。佐々木と茂森は同期入社で、会社の中で佐々木がゲイであることを唯一知っている人物だ。
「お疲れ。どうした?」
佐々木は歩きながら話をする。
「今日直帰って聞いたんだけど、戻ってきてくれない」
「なんで」
「今日中にアンタに判子をもらわなきゃいけない書類があるのよ。本社に提出するやつ」
佐々木は歩く足を止めて、少し大きな声で文句を言う。
「なんで俺が出る前に言わないんだよ」
すると
「だって、忘れてたんだもん。仕方ないじゃん。じゃ、悪いけどよろしくね」
と、軽く謝られて電話は切れた。
佐々木はため息をつくと、仕方なさげに会社へ向かった。

「本当にごめんね」
茂森が笑いながら謝罪の言葉を口にする。佐々木は、出された書類に署名と捺印をする。「はぁ」とため息をつきながら、茂森の顔を覗き込む。
「悪かったと思ってるって。お詫びに、帰りの飲みにいこうよ」
本当にすまないと思っているのか分からぬ顔で、茂森は佐々木を飲みに誘った。
「分かった。じゃ、仕事終わったら連絡して」
そう言うと、佐々木は経理室を後にした。
時間ができた佐々木は、打ち合わせで使った資料を置いて帰ろうと、自分のデスクに向かった。
時間的には誰も残っていないと思っていたのに、明かりが付いていた。誰かがまだいるのか?と思いながらデスクに向かうと、林が一人デスクにいた。
「係長まだいたんですか」
佐々木が声をかける。
「おう。お疲れ様。提出してもらったのを早めに読んでおこうかと思ってな」
そう言いながら、読んでいる途中のファイルを上げる。
「佐々木は今日直帰じゃなかったか」
林からの問いに、佐々木は少し驚いた。
「係長、名前知ってたんですか」
話はしたものの、まだ自己紹介をした記憶はなかった。
「直帰の予定だったんですが、経理に呼ばれて」
「そっか、そりゃ残念だったな」
(…またあの笑顔だ)
佐々木は、林の顔をじっと見た。
「係長も、初日くらい早く帰ったほうがいいですよ」
そう言いながら、バッグから今日使った資料をデスクにしまう。
「きりのいいところまで読んだら帰るよ」
そう言い、再びファイルに目を通し始める。
「じゃ、お先です」
バッグを手に声をかけると
「おう、お疲れ」と返事が返ってきた。佐々木はそのまま部屋を後にした。
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