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飛ぶ鳥の影

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 志の字
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8話

「だから……初恋だったら、もったいないよ」
「恋だっていうのも、もったいないっていうのも、よく分からない」
 分からない。千恵は分かったような顔をして私を諭そうとするけれど。
「前に話したよね。わたし、前の学校で好きな人に告白できないまま卒業しちゃったって」
「……うん、聞いた」
「別にいいんだよ、付き合えなかったことは。ただね、なんだか……もったいなかったなって。だって、それが初恋だったの。で、わたし、まだその人のことが好きなんだと思う……たぶんね」
「後悔してるんだ」
「うん、すごく。あのね、中々見つからないよ、恋って」
「……うん」
「だからもったいないの。分かった?」
 ……分かったような気がする。この学院に居られる残り二年なんて、あっという間に過ぎてしまうのだろう。そうして私はきっと、取り返しのつかない何かに気づいて、いつまでも引きずるような後悔を抱えてしまう。
 今まで私がいままで一つとして見つけられていないように、恋というのは滅多に現れない。
 だから……それは、もったいないんだ。この気持ちが恋だとするなら、それを見逃してしまうことが。
「うん、千恵の言いたいことはよく分かった気がする。でも、私はちゃんと女で、雨宮さんも同じく女だからね」
「……まあ、そうなんだけどさ。恋も憧れも、似たようなものだから。この学院では珍しいことじゃないって聞くよ、女の子同士っていうのも」
「それは……どうなんだろう」
 恋と、憧れと。その違いはなんだろう。もしかしたら同じなのかもしれないし、いつか違うものだと気付くかもしれない。
「追いかけてこんな山奥に来るほど、好きなのは確かでしょ」
「……うん。特別だと、思う」
 それだけは、私の中ではっきりとしていた。だから、その気持ちを無碍に扱ってはいけない。
「ありがとう、千恵。なんとなく分かったかも。なんとなくだけど」
「まあ、今はそれでよし。困ったらわたしを頼ってね」
「ありがとう。千恵が……」
 千恵が、ルームメイトでよかった。
「千恵が、なに?」
「……なんでもない」


  ♪


 材料不足を言い訳に、雨宮さんにお菓子を作るというのは来週に引き伸ばすことになった。まだ心の準備ができていない。焦っても転んでしまうだけのような気がした。1週間だけ、覚悟する時間が欲しかった。
 ただ、同じクラスになったから、それは時間の問題だった。
 行われる授業は、ただ黒板を眺めていればいい座学ばかりではない。英語教諭が話した言葉に、私はどきっとさせられた。
「2年次からはスピーキングの時間を増やしていこうと思います。色んな人とペアを組んで、英語で会話をしてもらいます」
 クラスメイトだから、避けては通れないことだ。コミュニケーションが必要になる時は必ず来る。
 ただ、私はまだ覚悟ができていなくて。
 ……心臓が、だんだんとうるさくなっていく。今日、すぐに話すことになると決まったわけでもないのに。この場から逃げ出したくなる。
 初めのペアの相手は、隣の席の綾海だった。綾海はいつもどおり、柔らかく微笑んで挨拶をした。
「よろしくね、悠ちゃん」
「……うん、よろしくね」
 緊張して上手く話せない私に、綾海は優しかった。彼女は相手のペースを守るのがすごく上手だ。どんなときでも微笑んでいるように見えて、私のように臆病で人見知りでも、安心して顔を合わせていられる。落ち着いて話すことができる。
 綾海は英語が苦手らしく、私と一緒にうんうんと悩みながらスピーキングを行った。普段から雨宮さんと居るから、彼女も同じように勉強ができるものだと思っていた。完璧な人なんだと、勝手に思い込んでいた。
「悠ちゃんって、英語上手なんだね。わたし、ぜんぜん駄目だった」
「そんなことないよ。わたしだって発音が分からなくて半分くらい適当だったの」
「え、そうだったの? 日鞠みたいにペラペラだったよ。すごいなーって思いながら聞いてた!」
「そんな、雨宮さんと比べたらぜんぜん」
「どうかなー。まあ、日鞠は特別かも」
 雨宮さんも変わっていると言えるけれど、彼女はより特別な雰囲気をまとっている。言葉には上手く言い表せない。穏やかとか、優しいとか、そういう人はいくらでもいる。彼女もそのうちの一人だけれど……なにか、違うような気がする。不思議な人、というのが私の中では当を得ている。
 ……綾海に話しかけられると、嬉しくなる。
 なんとなく、この気持ちには覚えがある。それがなんだったかは思い出せない。けれど、とても安心して、ついつい笑顔になってしまう。
 綾海は身長が高くてスタイルがいい。茶髪のセミロングがよく似合っていて、同い年とは思えないほど大人びている。実際に大人びていて、落ち着いて、なにより……包容力がある。私がどんな失敗をしても笑って許してくれそうな、そんな気がする。
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