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少女は小さな夢を見た

原作: その他 (原作:銀魂) 作者: 澪音(れいん)
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25話



「ご迷惑をお掛けしました」

「ああいや、悪かったな。お前の両親だとは知らずに」

土方さんから連絡がきた時は、正直何かの間違いなんじゃないかと思った。
「それじゃあまたな」と手を振り、去っていく背中にもう一度会釈すると、視線を後ろに向けた。

「何してんだよ、親父、お袋…藤吾お前まで」

兄上が呆れたような瞳で2人を見つめると、父上たちの後ろにいた藤吾さんが「若だけには言われたくないッス」とげんなりした顔で呟いた。随分と取り調べが答えたのだろう。どうやら3人はうちの路地裏で発見されたらしく、民家をじろじろと見ているものだから不審者として連行されたらしい。何でまたそんなこと、と2人を見るとバツが悪いように俯いてしまった。

「ここに長居するのもあれですから、うちに行きましょう」

何はともあれ、このまま帰す訳にはいかないだろう。
うちの前に居たというなら、もしかしたら私に用があったのかもしれないし。
そう思い「こちらです」と先導するように前を歩きだすと、藤吾さんが隣にやってきて「お嬢、すみません」と呟いた。

「いえ、それより藤吾さんも巻き込まれて災難でしたね。すみません」

「お嬢が謝ることじゃないッスよ。俺がもっと周りを警戒してればよかったことなんで」

父上と母上は家にたどり着くまで一度も喋らなかった。
そんな2人に兄上も視線を向けたが何も言うことなく、居間に通してお茶を淹れてくると伝え台所の方に出てくると後ろで兄上が「2人揃って何で路地裏に」と問いかけているのが聞こえた。それに再び藤吾さんが「あんたが言うんスか?」と力なく応戦していたけれど。

「あー俺から言うッス。お2人は、随分前からお嬢がひとりで無事に暮らしているか心配で度々見に来てたんスよー。お2人の前では「親」じゃなかったけど、案外心配で仕方なかったんス。ツンデレって奴ッスね」

「どこに需要があるんだそれ」

「需要云々の話を始めるとまぁ、ないッス。ただのお茶目さんって事で寛大なお心で許してくださいッス」

「お茶目さんも警察のご厄介になったらもう笑えない。」

「あはは、珍しいや。若がそんな正論ぶつけて来るなんて。明日は地球最後の日かな」

お茶を持って行くと藤吾さんが慌ててこちらに着て手伝ってくれるのにお礼を言うと、ふっと視線を感じて母上の方を見ると、しっかりと視線が合うけれど慌てたようにそれは逸らされた。幼い頃は普通に「親子」だったと思う母上とは、いつからか会話すらロクにしなくなっていた。昔は4人で花見に出掛けたり、普通の家族だったのに、いつの間にか大きな溝が出来たようだ。

「帰るわね」

スッと荷物を持ち立ち上がった母上に、掛ける言葉も見つからずにいると父上がそんな母上に座るように言った。それに玄関まで向かっていた足を止め父上を見つめる目には今までのようなどこか余所余所しい温度はなく、戸惑いが感じられる。少し躊躇しながら、父上の横に腰掛けた母上に父上は兄上と私を交互に見ると組んでいた腕を解き、座布団から降りると頭を下げた。

驚いて腰を上げた兄上と私に、父上は一言「すまなかった」と言った。

「お前たちの父親は一人だけだというのに。父親らしいことをひとつも出来ていなかった。すまなかった、許してくれ」

父上はどんなことがあっても、当主が頭を下げるのは余程のことがない限りはするなと言っていたというのに、その姿に兄上はもちろん、母上も唖然と見つめていた。そしてひとり、藤吾さんだけは視界の端でやれやれと言った感じに父上を見つめていた。

母上は膝の上に置いた手を握りしめ、父上と同じように「ごめんなさいね」と頭を下げる。
それに兄上をちらりと見上げると、兄上もこちらに視線を向けて頷き、私も兄上の言いたいことが伝わり、同じように頷いた。

長い間に出来た溝は、もう埋まることはないと見て見ぬふりを続けてきたけれど、案外私たちはお互いに「家族」ではあったのかもしれない。

ただお互いにほんの一歩を躊躇していただけで。

母上と父上が話す言葉がすんなりと胸の中に入ってくるのは私たちが大人になったからなのだろうか、それとも今まで打ち明けてくれなかった胸の内を2人が話す決心をしてくれたからなのだろうか。

「それにしても、電柱の後ろに隠れながら木の枝を持っているお前を見つけた時は驚いた」

「あら、コアラのように電柱に抱き着いているあなたを見た時私ゾッとしたわよ」

「そのお話を聞いた私たちが一番ゾッとしました。父上、母上」

「あら…」

母上は驚いたように口元に手を当てて、やがて柔らかく微笑むと「そうね、おかしいわね」と今までが嘘のように優しい瞳をした。廊下ですれ違おうと、視界にすら入れてくれなかったというのに何だか別人のようでおかしかった。

ただ藤吾さん曰く、その当時もすれ違った後に私の背中を見つめては「144㎝…去年より1㎝伸びたわね」なんて呟いていたらしいが。母上はそれを聞かれたとは思っていなかったらしく、藤吾さんはやたら本人たちしか知らなかったことを知っているものだから、もしかしたら忍びかその生まれ変わりなのかもしれない。

窓の外が暗くなり、「そろそろ帰るわね」と母上が言う頃にはすっかりと私たちは「家族」に戻り、見送るために立ち上がると「俺はもう数日こっちに…」なんて言った兄上の襟を掴んだ母上が「帰るわよ」とそのまま引きずっていかれた。

「それじゃあな。何かあったらすぐに連絡するんだぞ。体に気を付けて」

「はい、父上。父上もお体に気を付けて。近いうちそちらにも顔を出します」

「ああ、待っている」

藤吾さんも引きずられていく兄上に飽きれながら、こちらに会釈をして小走りに3人の後ろについて行ってしまった。

こうして私の日常は再び静けさを取り戻した。



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