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少女は小さな夢を見た

原作: その他 (原作:銀魂) 作者: 澪音(れいん)
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22話



「悪かったな。急に押し掛けてきて」

「…いえ」

あの後、随分と遅くまで万事屋さんと意気投合(ケンカ)をしていた兄上にうちに泊まっていかないかと提案したのは久しぶりに兄上と話してみたくなったから。幼い頃は仲が良かったというのに、両親が跡目を考え始めたあの日からすべてが変わってしまったような気がする。あの時まではお互い今とは違って笑って話していたのに、随分遠くまで来てしまったみたいだ。

「家には帰ってこないのか?」

縁側に腰を下ろしながら、ぼんやりと何処かを見ていた兄上の問い掛けに私は返事を濁した。
正直、もうあの場所に戻りたいという気持ちはない。随分長い間勝手気ままに生きてきたから、少しは里に恩返しをしたいという気持ちも多少なりともあるけれど、私にはあの里の水は合わなかったとしか言いようにない。

「すみません、兄上」

「いや。俺も悪かったな、随分と辛い思いをさせた」

パッと顔を上げると兄上がこちらを向いていた。

「ごめんな」

くしゃりと眉を下げて、泣きそうな顔で笑う顔が、幼い日の兄上と被る。
なんだ、何も変わってないのか。

父上があの日、兄上に「後継ぎとしての自覚を持て」と厳しく言い放ったあの日から、いつも目が合うと笑ってくれた兄上が冷たい目で私を睨みつけてきたのを見て、世界が変わったように思えた。

母上は、おばあ様からの重圧もあり、一層兄上にも、私にも冷たく当たられた。
あの家に居場所はないと勝手に嘆き、あの里は自分に合わないと見限り、自分なんかよりずっと重圧に耐えてきた兄上にすべてを放り投げるように出てきた自分が恥ずかしい。

「兄上、私の方です。謝らなければならないのは。今まで、心配ばかりかけてすみません」

頭を下げたくらいで、もうどうなる問題ではないかもしれない。
私が逃げた年月は、兄上がひとりで耐え忍んできた年月なのだから。
夜着をきゅ、と掴んだ私に、兄上は私の頭に手を乗せて「元気でよかった」と、ただ一言そう言った。

あの日、止まってしまった時計が、動き出した気がした。



「若―、お嬢―?夕餉の支度出来たッスよー?」

お嬢に泊っていくように言われた時は正直驚いた。
俺にはあの兄妹の間に起きた仲違い、というよりすれ違いのように思える角質は、案外あっさりと終結したらしい。
縁側に座り今までの空白を埋めるように話しているお2人を見ていると、幼い時のお2人とダブって見えて、不思議と懐かしい気持ちになった。

あの日、お嬢が家を飛び出したあの日、若はお嬢との間に出来てしまった亀裂を埋めようとなさっていた。
元々若は重度のシスコンだったせいで、冷たくあしらっても、お嬢が居ない時は騒がしいのなんの。
お嬢が山に入ったと聞いた時は、それまで静かに筆を取っていたというのに発狂しながら裸足で山の方へと走っていかれた。
その際に乳母に首根っこを掴まれ「坊ちゃんんん!なんて恰好で走っておいでなのです!?」と屋敷に引き戻されてしまったから、それをお嬢が知ることはなかったけれど。
だから、あの日、いつもお嬢がいらっしゃるお部屋に向かわれた若は、もぬけの殻になった部屋を前に立ち尽くされていた。
その横顔は、きっと俺は生涯忘れることはないだろう。
人は、あんなにも感情の抜け落ちた顔で、ただ泣くことがあるのだと知ったから。

あの日から数年、若は黙々とただ勉強だけをなさった。
ストーカーのようにお嬢の後を付け回し「今日も可愛い妹は安全である」なんてドヤついていたのが嘘のように。
旦那様と奥様はそんな若をご覧になって、心配するどころか嬉しそうで、それを見てこの家族は壊れているように思えた。

旦那様と奥様は政略結婚をなさっていたから、俺たちの間でもお2人に愛情がないことは周知のことだった。
きっと若もお嬢もそれを察していた。若が後継ぎの器にならなかった時の保険の子、それがお嬢。
男として生まれてこなかったことで母君はお嬢に見向きもされず、しかしいざという時の為に種は撒いておく。
お嬢にも薬学を学ばせるようにと言われた家庭教師の男を見て、きっと若は察したんだろう。
自分がしっかりしなければ、妹にこの苦しみが向く。だから、敢えて、妹君を突き放した。
何ていうか、若もあの親に似て色々回りくどいッスね。

本当は旦那様も奥様もお2人が自分亡き後に幸せに過ごせるか心配なくせに、敢えて冷たくなさる。
自分たち亡き後、お2人が少しでも折れない強い心を持つようにとか。
だからあの家の奉公に来た人間はやめられないんスよねぇ。それが痛いくらいにわかるから。
新手のツンデレッスかね?それって絶対流行らないッス。

「お2人さん、身体冷えるッスよ」

まあでも、あのお2人と違って、若とお嬢はどうやら素直になるということもご存知らしい。
嬉しそうに笑うお2人を見て、自分自身ホッと一息ついたのに苦笑いする。
いやー、仕えてるほうも結構気を遣うんスよ~。さり気なくお嬢の今いる街のパンフレットを若の机に置いたり。
わざと「そういやお嬢やつれてたッスねぇ…余程大変…ああ若には関係ないッスね!」なんて話題を振って見たり。
やれやれ世話の焼ける人達ッスね。


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