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少女は小さな夢を見た

原作: その他 (原作:銀魂) 作者: 澪音(れいん)
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4話


「おーい、二日酔い止めくれやー」

早朝5時、品出しをしている後ろから声を掛けられ振り向くと明らかに酔っぱらっている男がいた。

最近知り合ったばかりではあるがその光景を見るのは数知れず。だから今更動揺を見せることなく仕事に戻った彼女に催促する声が響いた。

「今回のお支払いは?」

「ツケで」

「何回目ですか」

店内にある椅子に座り込み、酔っぱらっただの飲みすぎただの愚痴を零している銀時がこの状態で店にやってくるのは数知れず。それに初対面からいい印象になかった彼への印象は暴落の一途をたどっていた。

「いいじゃねぇか、今度来た時にまとめて返すって」

「そう言われながら既に2か月経ちそうなのですが」

「マジか。じゃああと1か月待ってくれや、仕事入ったら返すから」

「先月もそうおっしゃっていましたけれど」

「マジで?2か月待つのも1か月待つのも一緒だろ。だからもう半年待ってくれや」

ダメだこの大人、何とかしないと。

コップにお茶を注ぎながら何度目かの意思表明を自分自身にしたが、どの道お金を持たない目の前の男にこれまでのツケを払えと言っても無理だろう。ならば毎回来る原因となっているお酒を断てばいい話ではあるが、それを今言ったところで「もう飲みやしねぇよ、二日酔いなんてこりごりだ」と愚痴をもらしてまた明日になれば二日酔いの薬を求めてここにきているからこれ以上言ったところでこのループが終わる兆しはない。

「いい加減にしないと、体壊しますよ。薬も過ぎれば毒となるって言いますし」

「薬師屋が、薬は毒だのなんだの言ったら終わりだろうが」

「限度の話をしているのですよ。お酒をやめればこのような薬を飲まずに済むじゃないですか」

「わーった、わーった。酒断ちすればいいんだろ?お前は小姑かっての」

出された薬を口に放り込みお茶と一緒に飲み込むと、この後は何を言おうが数分間はだるいだの眠いだのいいながら眠りに落ちる。家に帰って寝ろやと叩き起こしても起きやしないことはここ何か月かで身に染みたので眠りに落ちたのを確認してから薬草などを取りに裏へと行った。

江戸にきてから数年、正直この街に馴染み切れるとは思ってもいなかったしほとぼりが冷めた頃には他の土地に移ろうと思っていたからこうして長い間この土地に留まるとは思っていなかった。

そんな生活が、この店先で呑気に鼻提灯を膨らませている男と関わりだしてから自分の世界が180度変えられていくのが身に染みた。

最初の頃は随分とお節介な人間だと、そう思っていたというのに今ではその生活が当たり前になってきているのがちょっぴり怖い。いつかなくなる平穏など望んでこなかったはずなのに。

そのうち飽きるだろう、そうしたらこの人はここに来なくなってまた自分の日常を取り戻せる。
もう少ししたら歌舞伎町を離れてどこかまた誰も知らない土地に移り住むのもいいかもしれない。
そうして転々とすることで、自分は繋がりというものを断ち切ってきたのだから。

馴染む前に消える、そうすることで平穏を守ってきたのだから。

それがちょっぴり寂しい気がするのも今だけ。
引っ越してしまえばそれは長い時間を要するかもしれないが、いつかはきっと消えていく。

薬草の入った袋を持っていた手が少しだけ震えて、思っていたより大きな音が店内に響いたことにびくっと肩が跳ね上がったが、後ろで泥酔している男が起き上がる兆しはなく何だかちょっと情けなくなって笑みがこぼれた。

今日はちょっとだけ、センチメンタルな気分に浸りたくなった。


「だーよく寝た!」

「やっと起きたんですね。ならさっさと帰ってください。」

「オイオイ、客に帰れってお前。そんなんじゃいつか客が来なくなるぜ?」

椅子から立ち上がり伸びをする銀時に返ってきたのは冷め切った目だった。
銀時が来たときは開店の準備をしていたが、今は閉店の準備をしていることからだいぶ時間が経ってしまったことが見て取れる。

「むしろ夕方の6時まで居たことに文句を言わなかったことに、何か言うことはないのですか?」

「え、マジ?もう6時?銀さん来たのって朝だった気がするんだけど。ずっとここにいたの?銀さん。起こしてくれてもいいじゃねぇか」

「何度も起こしましたが?」

「オイオイ今日なんか依頼入ってた気もしなくもねぇんだが。なんだっけ、忘れたからどうでもいいな」

「それって経営者としてどうなのです」

「いんだよどうせうちに依頼してくんのはペット探しか、浮気調査紛いのことばっかりだから。それより頭痛いから、薬くれや」

「その頭痛の原因は二日酔いではなく寝すぎです」

「んだよ冷てぇな、体の節々も痛いからもしかしたら風邪かもしれねぇ」

「体の痛みはそんなところでずっと寝ていたからでしょう。もう閉店なのでお帰り下さい」

外はすっかりと日が落ちていて、どこのお店も閉まっている。
空いているのはコンビニくらいだろうか。店内の掃き掃除をしていると「今回ばかりは懲りた、もう酒やめよ。あー体いてぇ」と愚痴をこぼしながら帰り支度をしている銀時に、浅い溜息を吐いた。

何だかずっと悩んでいる自分がバカらしく思えるような人だと思った。
小さなことをずっと抱えてしまう自分がとっても小さい人間のような、そんな思いにさせる人。

そもそもこの人が悩むことなんてあるのだろうか。数か月しか関わっていないがこの人が何かを重く受け止めている様子を見たことがない。

もしかしたら、私が考えられないくらいの重い苦しみを乗り越えたからこそこうして。
そこまで考えてからアホらしいなと思考を止めた。何はともあれこの人の過去を知り合って少しの自分が関わるべきものではない。

「んじゃ、けーるわ。また来るぜ」

「…さようなら」

帰っていく背中を見て、なんだかちょっとだけ、寂しい気持ちが心に残った。



「おーい、二日酔い止めくれや」

「あなたに必要なのは二日酔い止めじゃない気がします」

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