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帰り道

ジャンル: その他 作者: mopo
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帰り道

「今日は何件新規生徒入ったんだ!」オーナーからの怒号が飛ぶ。僕は、冴えない雇われ塾長木村浩二27歳だ。
あーもう、23時じゃねえか、そういえば、もう2週間も新規生徒を入塾させてはいなかった。僕は、創造した
学習塾は、生徒の新規入会があればいいんだろう。ふいにドラゴン桜のワンシーンが頭に浮かんだ。
もういい!東大に入れりゃあいいんだろう。
日大卒の自分が東大を目指させるとはあまりにも無理があった。
お決まりの儀式のごとく、100円ローソンで安い発泡酒を買い、ふーっとたばこを吹かすと自分の人生を振り返った。それは、夢を見ているかのようでもあり、罪を償っているかのようだった。不登校の自分が、受験競争に巻き込まれ、夢を見たトヨタへの入社はあっさりと落とされ、ニートをした後、小さな町の塾に就職した。まるで思い出したかのようにもう一度100円ローソンに入ると、甘いアイスクリームを買った。
帰り道は、暗かった。甘いアイスクリームは、ゆっくり溶け始め安い発泡酒と一緒に入ったビニール袋の中で揺れていた。
もしかすると、自分が死ぬ時に思い出すだろう。
そう、東大にも入れなかったが、トヨタにも入れなかったが、時間とともに溶け崩れ行くのが自分の人生だとしたら、アイスクリームのようなものが人なのだろう。よしこれでいい。寝ているかのように、優しく眠ってしまおう。猫は、オニャーと鳴き、夜は更けていった。
ニートになっていたのは、23歳の時だった。
自分の責任なのか社会の責任なのか分からぬままただベルトコンベアーの中で走らされた。走ったのではない。走らされたのだ。
思えば、生まれた時から、仕組みの中で、生きて来たように思う。強いものや、ヒーローに憧れる気持ちは、作られた映像を見て、食べさせられたようなものだ。
高校時代に、尾崎豊に憧れたのは初めて、社会や自分を裏切れた快感だったのかもしれない。
時は過ぎ、転機は大学3年の時だ。恐怖なのか、希望なのか、はたまた絶望なのか就職活動の運びとなった。
自ら支配の鎖を差し出すかのように履歴書を差し出した。
不可思議とトヨタだけが、1次面接通過となった時、これが運命ダト勘違いしたのが狂いだった。
4次面接を終え、最終重役面接の後、勝利に酔うかのように自分に酔った。
そして、私は、落ちた。
自分で天命づけた運命から逃れるかのように、私は就職活動を辞め、大学を卒業して、孤立した。
子供の頃、23歳の自分は輝いていた。小学校の、生徒会長が提案したタイムカプセルで、技術者になりたいと翼は大きかった。そして、川の流れは、全てを押し流していき、翼は風化し、少年は年をとっていった。
そして、いつの間にか23歳と呼ばれるようになった。
当時は、社会の中で、支配されながら生きる生き方にカッコ悪さを感じたものだった。しかし、祖父が亡くなるとき何者でもない自分の人生がお通夜や告別式に参列することは、刑に服しているかのような気持ちになったものだ。親族は、気を使って何も聞かないことが、かえって話題のなさに困った。ビールでも飲んだら?がこの場での精一杯の「場もたせ」だったのだろう。
自分は一体何を目指していたのだろう。そんな虚像を見る思いはどんな人にもあるのだろう。ヒーローを求める思いは少年の本能なのだろう。特撮戦隊ヒーローものや、週刊少年ジャンプや、スポーツはヒーローを作り上げる。そんなヒーロー像と自己を投影し、自分自身がヒーローになるかのごとく思うものだ。
それが初めて否定されるのは、高校受験なのだろう。競争原理を突きつけられ、いつしか本当の願望を封じ込め、少年の頃の宝箱に封をするかのように蓋を閉じ、社会での自分のポジションのようなものを探り生きていくものだ。少年の頃に夢見た翼は「勘違い」という言葉にはくくれない。ましてや、「嘘」なのでは毛頭ない。
 野球の甲子園が好きだった。その輝きは、偏差値教育とは違った異彩を放っているかのようだった。しかし、野球の世界こそ激しい競争原理である現実も無視できない。
 20代になり甲子園を見ると、スタンドで応援する野球部員の姿が目に付いた。
カメラが向けられ、メガホンで声を枯らし応援する野球部員に宿る思いは何があるんだろう。彼らは泣いている。背中に番号の書かれてないユニフォームを着て、カメラが向けられるそのレンズには写せない涙か。そして、彼らは精一杯の笑顔を見せる。
そんなことを考えながら、4年も経った時の流れ落ちが風化を呼び、溶け流れて行った。無意識で口ずさんだのは、死んだ祖父のデイサービスを見に行った時の歌詞だった。富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も
雪に変わりはないじゃなし、溶けて流れりゃ皆同じ。
それだ! 人の命も燃え尽き、アイスクリームのように溶けていった時、ハーゲンダッツも着色料まみれの安いアイスクリームも分からなくなる。そうか、多くを考えるのはもう辞めよう。溶けて流れりゃ皆同じなんだろ。
夢も溶けて、目やにも溶けて、全てが溶けていくんだ。
もう一度、猫の、オンにゃーを一度聞き、電気を豆電球に変えると今日の言い訳を終えた。
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