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みんなのSUMIKA

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: そばかす
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第12話

「そうなんだ。でも、あなたは、わたしの役に立ってくれているわ。こうして荷物を半分持ってくれるだけでも助かってる。絡まれているとき助けてくれたことだってそうよ」
 直次が照れるほど、少女は真剣に言った。
「そういえば、まだお互い名前さえ聞いてなかったわね。わたしは西園寺寿美花」
「スミカ、か――少し珍しい名前だな」
「そうね。でも、とっても気に入ってる。住まいという意味の住み処と同じ音で、漢字も長寿の寿でスと読ませるところとか」
 西園寺寿美花は誇らしげに自分の名を語ったが、対照的に直次は嫌そうに名乗った。
「俺は日向直次。直という漢字はたぶん口で説明してもわからない。今じゃまず使われない漢字を使ってるからな」
 直次は空中に名前の漢字を書いた。
「ほんと変わってるわ。見たことない漢字かも。……やっぱりご両親がつけて下さった理由とかあるのかしら?」
「ある……けれど、悪いが話したくない」
「そう」
 どんな家庭にも事情があることに思い至ったらしく、寿美花は口を閉じた。
 彼女が歩きだしたので、直次もその横に並ぶ。
 薄汚れた袴姿の少年を、通行人たちが時折見ていく。
 ある店先を通る時、『赤鼻のトナカイ』の曲が流れてきた。軽くハミングする寿美花に、直次は言った。
「俺さ、この曲って、どうも苦手なんだ……」
「そうなの? わたしは好きだけどな」
「子供の頃から稽古衣を着て古武術をやってて、『いつもみんなの笑い者』になってた自分と重なるんだ。今はもう気にしちゃいないけどな」
「お前の鼻が役に立つのさー」
 寿美花は歌いながら軽く肩をぶつけるようにしてきた。どうやら直次が言った「必要とされていない」ということに対する返事らしい。彼女が元気づけようとしてくれたことに気づいた。
「どういう意味だよっ」
 少し落ちこんでいた直次は、苦笑してつっこんだ。
 ふいに、ふたりして笑いだした。嫌な気分になったり緊張したりした反動らしく、その笑いはなかなか収まらない。
 じょじょに収まり始めた時、ふいに寿美花が上を向いて呟いた。
「……雪……雪だ。直次くん、雪よ。綺麗……」
「え?」
 直次が顔を上に向けると、その鼻先に雪が落ちた。一瞬、羽のように軽い感触があって、次にひんやりとした。気づくと、ひらひらと雪が降ってきている。
「ホワイトクリスマスだ」
「ホワイトクリスマスね」
 ふたりの声が重なる。顔を見合わせて少し微笑んだ。
 ふたりは雪の降る通りを並んで歩いた。その距離は最初よりもかなり近い。肩が触れ合うほどではないが、友達以上恋人未満の距離だ。
「……わたしはね、とっても必要とされてるかも」
 そう呟いた寿美花の吐く息は白い。気温が少し下がってきたらしい。
「そうみたいだな」
 寒さにも暑さにも強い直次だったが、さすがにきつくなってきた。
「ところで、この大量のおむつはどこに運ぶんだ?」
「特別養護老人ホーム悠寿美苑までよ。わたしの母がそこの施設長をしていて、わたしはそのお手伝いをしているの」
「老人ホーム……」
 直次の脳裏に、日向風姿流古武術道場の土地を売れと言ってきたスーツ姿の女の姿が浮かんだ。確か、大具池不動産の好地山涼子という名前だった。彼女は住宅型有料老人ホームを建てたいと確か言っていた。
「なあ、住宅型有料老人ホームって聞いたことあるか?」
「えっ? もちろんあるけど、……あなた、老人ホームに興味があるの?」
 びっくりしたように寿美花は直次を見つめた。
「そんなに驚くことか?」
「……正直、かなり意外だわ……若い人って老人ホームにまったく興味なんて抱かないから」
「そうか、そういやそうかもな……。でもさ、老人ホームって儲かってるんだろ?」
 ぴたりと、寿美花の足が止まった。肩がかすかに震えている。寒さではなく、怒りのためらしいと、直次は直感した。
 だが、顔を上げた寿美花は、無理矢理引きつったような笑みを浮かべた。
「じゃあ、そんなに儲かってるかどうか、うちの老人ホームに来てみてはどうかしら?」
 かなり怖い笑みを浮かべてのお誘いだったので、直次としては断りたい気分になった。
「いいのか? ほら、俺って部外者だし、老人ホームに行っても何か手伝えるようなことがあるとも思えないしさ。お邪魔しちゃ悪いだろ?」
「いいのいいの。たまに学生がボランティアで老人ホームに来ることもあるから。大丈夫よ」
「そうなのか?」
「ええ。だから、あなたが来ても問題ないわ。それに今日はクリスマス会で、老人ホームの利用者の家族も来るから」
「そ、そうか。わかった。行くよ。行きます」
 どう言い逃れしても逃げられないと、直次は悟った。
「そう。よろしい」
 ちょっとふざけた調子で、寿美花はひとつ頷いたが、ふいに真剣な顔をして言った。
「わたしはね、老人ホームは、老後の最後の砦だと思うの。家や家族、そういったものに上手く頼れない人が最後に頼る場所なんだって」
「……老人ホームは最後の砦、か――」
 何かの最前線で戦っている戦士のような顔つきの寿美花を見て、直次はその台詞が非常にしっくり来るのを感じた。かつて戦場で使われた殺し合いの技術を稽古する自分よりも、寿美花のほうが人の死や戦場に近いような……。
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