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みんなのSUMIKA

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: そばかす
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第47話

 試合当日。
 奉納武道大会会場となった神社の境内は、同大会実行委員会の予想を遥かに超えて大盛り上がりを見せていた。これまでの大会では、剣道や空手などの試合や演武をいくつかこなす程度だったのだが、今大会では、異種格闘技戦トーナメントのようなものを行うことにしたためだ。
 この日のためだけに造られた、神社の社の前にある特設ステージ。
 神社に奉納するため、神社の方向だけはステージとの間に、観客席はない。代わりに三方には観客席が用意されていた。
 その端には選手が着替えなどを行う天幕や、運動会などでお馴染みの組み立て式のテントもある。
 そのテントの下、柔道着に袴を穿いた姿の直次は、パイプ椅子に腰掛けて、訪ねてきてくれた悠寿美苑のみんなを見回した。寿美花の母が言うには、悠寿美苑の利用者や職員もたくさん応援に駆けつけてくれたらしい。天幕はそれほど広くないので、ここにいるのは寿美花、彼女の母である施設長、事務長、要、留吉老人だけだった。
 みんなは観客席のあの辺りにいると教えられてそちらを見てみると、新一おじいさんや佐藤おばあちゃんや受付の職員さんなど、顔馴染みの人々がたくさんいた。直次が手を振ると、大きく手を振り返してくれる。
「頑張って下さいね、日向さん。娘と一緒に観客席で応援しますから。ね、寿美花?」
 寿美花は微笑みを浮かべたまま、黙ってうなずいた。
「せっかくさまざまな予定をキャンセルして、神社に駆けつけたんです。頑張るのは当然です」
 真面目な表情で事務長が語る。
「ま、せいぜい恥をかかんようにすることぢゃな。おぬしはどうにも初めて会った時から気が弱いところがあるように思えてならんからのう。……ま、もっとも最近はずいぶんといい表情をするようになったようぢゃが」
 留吉老人が意味深に笑う。彼に驚かされて浴槽でずぶ濡れになったことを直次は思い出したが、それだけではないらしい。どうやら彼は直次と寿美花の関係を薄々勘づいているらしい。
「いつもどおりでいいと思うわよ。いつもどおりで。わたしは古武術なんてまったく知らないけど、あなたが毎日熱心に教えている介護に古武術を応用するという技術は本当に凄いと肌身に感じて思ったわ。実際、そういう声がたくさん介護職員の間でも上がってる。あんなふうに体の不自由なお年寄りを動かせるなら、人一人適当に投げ飛ばすくらいわけないわよ」
 豪快にそう言ったのは、毎日のようにホールに顔を見せて、介護と古武術の融合に一層力を貸してくれている要だ。
 四人はねぎらいの言葉をかけると、さっさと去っていった。どうやら寿美花と直次を試合前にしばらくふたりきりにしてあげようという配慮らしい。それは直次にも寿美花にもありがたかった。
「……直次くん」
 ずっと黙っていた寿美花が口を開いた。その顔に笑みはない。
「やっぱり昨日の今日じゃ、腫れは引かなかったね……」
「ああ……まあ、わかってたことだ」
 直次は、さきほどみんなには見えないように椅子の下で軽く足首を組むようにして隠していた左足を見せた。
 そこには湿布の上からでもわかる腫れがあった。その周辺もやや赤くなっている。
「正直それほど深刻な怪我じゃない。けれど、相手があの兄貴ともなれば、万全の態勢でもまともな試合になるかどうか怪しいからな」
 寿美花は黙りこんだ。
 重々しい空気を、蹴散らすかのように、
「ははぁ~ん、怪我なんかしてたのぉ?」
 好地山涼子が控室のテントをいきなり訪ねてきた。
「なっ、なんであなたがこんなところに来るんですかっ?」
 寿美花が警戒して叫ぶと、好地山涼子はいつもの腕を組んだ威張った姿勢のまま目だけを直次の右足に向けた。
「なるほどなるほど。試合には影響のありそうな怪我ね。――っていうか、なんであんた、まだこんなところにいるの? ばかなの?」
「えっ?」
 直次が不思議そうにした。
「その怪我で、あの天才の兄、日向直一と勝負するなんて本気じゃないんでしょ? ヘタレのあんたのことだから、実行委員会のテントまで言って棄権を言うのが怖くなったの? それとも応援に来ている悠寿美苑の連中の手前、試合のステージに上がるくらいはしようってこと?」
「俺は、試合に、出る」
 一語一語区切るように、直次は口にした。
「出る? 出てどうするのよ? どうせ負けるのよ? 恥かくだけじゃない。ぶっちゃけね、あんたたち古武術道場の兄弟が奉納試合でどんだけいい試合をしようが、門下生なんておいそれとぽんぽん増えたりしないのよ。そりゃあ、まあ、わたしも予想もしなかったほど観客が大勢いて大盛り上がりだけど、熱しやすく冷めやすいものよ?」
「なんと言われようと、俺は出るんだ!」
 しばらく好地山涼子は黙りこみ、直次の表情を観察した。そして、その気持ちに偽りがないと知ると、唇を曲げて微笑んだ。
「へぇー、ちょっとは男らしくなったじゃない。ま、ほどほどに頑張りな」
 好地山涼子は背を向けて、手をひらひらと振って去っていった。ふざけた態度だったが、直次はしばらくして、あの好地山涼子に応援されたという事実に気づいた。寿美花もその事実にちょっと驚いていた。
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