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みんなのSUMIKA

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: そばかす
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第40話

「バーベキューパーティーをする理由は食欲を出してもらうためよ」
「食欲?」
「お年寄りは食がどんどん細くなっていく傾向があるの。まして、毎日のように施設の中にいるわけでしょう? もちろん定期的に運動したり、リハビリしたり、外出したりもするけれど、それでも、なかなか食べ物に興味がもてなくなっていって……。だから、そういう人たちに、肉のジュウジュウ焼ける音や料理している最中の匂いなどで、食欲を出してもらおうと、この企画を実行しているわけ。実は意外とね、老人ホームでバーベキューパーティーや焼き肉パーティーをするのよ?」
「へぇ、なるほどな……」
 意外な事実に直次はちょっと感心してしまった。
 だとすると、初めて来た時に、違和感さえ覚えた風景画ばかりの廊下や階段などにも意味があるのだろうか? そう思って、なんとなくその理由を悟った。
「なあ、もしかして飾ってある絵が、風景画ばかりなのは理由があるのか? 例えば、外出が少ない、いろいろな景色を見られないお年寄りを気遣って、とかさ」
「よくわかったわね」
 なんだかとても嬉しそうに寿美花は微笑んだ。
「老人ホームに限らないけど、こういう施設で働くのにもっとも必要なのは、さっき直次くんが感じとったことよ?」
「え?」
「相手の身になって考えてみる。……もちろん風景画はどれほど素敵な絵でも、ただの絵に過ぎない。だから、風景画ばかりを飾っている老人ホームなんて珍しいかもしれない。でもね、大事なのは、ここに住んでいる人の気持ちになって行動することなの。そうすれば、自然と何をすべきか、何をしてはならないのかがわかってくるのよ」
「なるほどなぁ……」
 直次は、先ほどのバーベキューパーティーの話を思い出した。風景画もその話も、どちらも利用者に対する優しさからできていた。
「さてと、……それじゃあ、直次くんには何をしてもらおうかしら?」
 寿美花はぶつぶつと呟きながら考えこんだ。
「入浴や排泄や食事の世話は、介護職員さんたちがやってくれているし、いろんな性格の人がいるから、まずは老人ホームに慣れてもらうのが一番よね……」
「おう、寿美花ちゃんと直次の坊主ではないかっ」
 元気な声に振り向くと、ロビーのテーブルや椅子を避けて器用に留吉老人が車椅子に乗ってこちらに近づいて来た。
「どうしたんぢゃ、寿美花ちゃん。難しそうな顔をして」
「直次くんがこれから老人ホームでボランティアをやってくれることになったんだけど、いったい何をしてもらったらいいかと思って」
「ふむ……」
 留吉老人は直次を見つめた。
「坊主、お主は古武術道場の坊主だし、将棋や囲碁はできるか? なんとなく古武術道場というとできそうなイメージなんぢゃが……」
「できますよ、将棋も囲碁も」
 直次が答えると、
「なら、話は簡単ぢゃ! ちょいと談話室まで来い! 寿美花ちゃん、この坊主を借りるぞい?」
「ええ、よろしくお願いします」
 留吉老人に先導されて戸惑う様子の直次を、寿美花は笑顔で見送った。
 直次はそこそこ広い談話室に入った。テーブルや椅子が並ぶが、利用者たちは部屋の片隅にある畳のほうにほとんど集まっていた。どうやら以前訪れた時と同じように、将棋か何かをやっているらしい。
 そういえば伊藤老人に初めて出会ったのもここだったなと思ったが、留吉老人が大声で対戦している老人たちに声をかけて、その少し悲しい回想が打ち切られた。
「おう! やっとるのぅ。今日は特別ゲストを連れてきたぞい」
「特別ゲストぉ……しゃらくせぇ! おいらがコテンパンにのしてやらぁ。もし勝ったら一億円賞金をくれてやらあ!」
 将棋を指していた禿頭の老人が顔を上げる。
「えっと……新一おじいさんでしたっけ? お久しぶりです」
 直次が声をかけると、
「おっ? なんでぇ、おめえは確か……あの施設長の卑猥なチラシを作ってたエロガキじゃねぇか」
「僕は作ってませんよ。……相変わらず一億円やるやる詐欺を続けてるんですね」
「ありゃ? こりゃ一本取られたね!」
 ぺちんと、新一老人は自分のつるりとした髪の毛一本ない頭を叩いた。
「どうだい? 一億円の賞金がなくっちゃ、おいらとはやれねえか?」
「いえ、やらせて頂きます」
 盤面を見ると、ちょうど将棋の勝負がついた後らしい。完全に詰んでいる。
「フォッフォッフォッ、はたして新一さんに勝てるかのう。彼はこう見えてこの老人ホームで五本の指に入る強者ぢゃ! ちなみに、何を隠そうこのわしも、五本の指に入る腕前なのぢゃ……」
 直次が上履きを脱ぎ、畳に正座すると、その背筋がぴんと伸びた姿に、ほう、とどこからともかく老人たちのため息が漏れた。
 こうして直次と新一老人の勝負は始まった。直次は古い古武術道場の生まれ育ちらしく、幼い頃からテレビゲームなどの代わりに、将棋や囲碁で遊んでいた子供だったので、かなりの腕前をしていた。
「くぅーっ! ちくしょうめっ! 序盤は良かったのに、中盤から終盤はいいことなしだったじゃねぇかっ!」
「この手が悪手でしたね。もう少し焦らずに攻められてたら、もっと大変だったと思います」
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