ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

みんなのSUMIKA

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: そばかす
目次

第25話

 そんな軽口の応酬を、別の世界の出来事のように聞き流して、伊藤老人は、先ほどのチラシをブラッシュアップしたり、別のタイプのチラシを作ったりしていた。ノートパソコンとプリンタを繋ぎ、出来た端から印刷していく。
 寿美花はいつものことらしく、にこにこと笑いながらそんな様子を眺めている。
 その日は結局、チラシ作りと、とりとめもない話で過ぎていった。
 帰り際、初めて伊藤老人から話しかけられて、直次は驚いた。ちょうど留吉老人の部屋を出るところで、同じく自分の部屋に帰る伊藤老人に背中を、とんとんと、叩かれたのだ。寿美花はもうすでに少し先を歩いている。
「……ん」
 声とも、ただ息を吐いただけともつかない声を出して、三枚の紙を差しだした。直次は受けとった。
 その三枚の紙を一度に見た瞬間、「ぶっ」と思わず直次は吹きだした。先を歩いていた寿美花がこちらをちらりと見て、冷や汗が出そうになった。
 それは、アイコラだった。貝殻ビキニの大胆なグラビア、紐水着の際どいグラビア……それらの顔は、西園寺寿美花になっていた。彼女が笑顔を浮かべて、大胆な水着でポーズを取っていた。一枚だけはごく普通のセーラー服姿で、この前のクリスマス会で笑顔を浮かべて拍手をしているごく普通の写真だった。
 やる、と言うように、その三枚の紙切れを、伊藤老人は押しつけてきた。どういう意図かわからず、彼の顔を見つめて、どうやら今日、この悠寿美苑のことについての相談に乗ったお礼のつもりらしいとわかった。
 直次は、普通のセーラー服の写真だけ頂いて、残りは丁重にお返しすることにした。貝殻ビキニというのが古い感性だな。それにしても、男はいくつになっても男なんだと妙な感心もしてしまった。

 結局、『美人施設長(未亡人)チラシ作戦』とでもいうべき、この作戦は実行されて、予想外の効果があった。途中、常識家の事務長の猛反発を受けたり、恥ずかしがる施設長を説き伏せたりと、それなりに紆余曲折あって、写真もキャッチコピーもかなり抑えたものにはなったが、基本は留吉老人の原案どおりに、伊藤老人が卓越したパソコンのテクニックで制作した。
「伊藤さんのフォトショのテクを使う必要がないくらい美人というのが残念ぢゃな。彼ならどんなブサイクでも美人に修正するのに……」
 とは留吉老人の談だ。
 連日のように老人ホームに通い、稽古もそこそこにしかしていなかったが、意外と直次の母である師範は、寛容に、毎日悠寿美苑に楽しそうに出かける直次を見送っていた。
 寿美花によると、腰痛で体を壊した、ベテランの介護職員である要も順調に回復しており、近々復帰できるだろうということで、明るい話題には事欠かなかった。
 そして、ついに男ばかりの新人が、悠寿美苑へとやって来た。部外者の直次だったが、作戦の成功を確認したくて、その場所にボランティアということで居合わせた。
「今日は新しい皆さんの仲間をご紹介します。こちらから順に、田中くん、須藤くん、山村くん、藤田くん、里中くんです。介護職として、いろいろと知らないこと、わからないこと、不慣れなこと等あるかと思いますが、皆さんにはしっかりとしたサポートと指導をお願い致します」
 介護主任だという男性介護職員が、五人の新人を紹介した。新人たちは全員男性で、年齢は二十歳くらいから施設長と同じ三十代後半まで様々だ。
「うっす!」
「よろしくお願いします」
「よろしくッス」
「がんばります!」
「ご指導お願いします」
 介護主任に紹介された順に、みんな頭を下げていった。首だけ浅く下げたり、深々とお辞儀したりと、かなりばらつきがあったが、共通していることがあった。
 男たちは全員、施設長のほうしか見ていない。中にはあからさまにウインクしたり、笑顔を向けたり、携帯番号のメモらしき物を手に忍ばせている者までいる。
 そんな浮ついた新人たちを、介護職員たちは白い目で見ている。
 そんな微妙な様子を、離れた壁際で、直次と寿美花は見ていた。
「本当に役立つのか? 言っちゃ悪いが、経験者がほとんどいないんだろ? しかも、資格は持ってるやつもいたりいなかったりだし」
「『介護職員』と一口に言っても、いろいろなのよ。現場経験のみの人もいれば、ヘルパー2級や介護福祉士の取得者もいる。その介護福祉士にしたって、養成施設を卒業して介護福祉士になった人もいれば、実務経験を三年積んで国家試験にパスして介護福祉士になった人もいるの」
 弁解するようにそう口にした寿美花も、予想以上に、介護という仕事に対する関心が薄そうな新人たちに、ちょっとだけ眉をひそめている。
 直次は元気づけるように言った。
「ほんとにいろいろだな」
「うん。いろいろね。だから、最初はその辺のことをあまり気にする必要はないと思う」
「じゃあ、この作戦は成功したってことだな?」
 ちょっと勢いよく、笑顔を浮かべて訊ねると、やっと寿美花は少し元気を取り戻した。
「ええ。そうね。……うん。成功だわ」
 ふたりは、軽く手を打ち合わせてハイタッチした。小気味よい音が鳴った。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。