ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

みんなのSUMIKA

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: そばかす
目次

第21話

「どう、わかってもらえたかしら? 空き部屋の増えてきたアパートやマンションよりも、老人ホームのほうが儲かるのよ。供給が足りていなくて、しかも需要はこれからもどんどん増え続ける。価格も高い。――いい話でしょ?」
 好地山涼子は、無知な少年と、外国人と、小娘相手だと思って、一方的な感じでおざなりにセールストークを並べ立てた。
 直次は思わず頷きそうになった。まるで催眠術にかかったかのようだ。
 それを見て、にんまりと、好地山涼子は笑みを浮かべようとした。
「待って下さい」
 寿美花が口を挟んだ。
「『老後難民』という言葉があるように、決して老後資金が潤沢な方達ばかりではありませんよね? 普通そういう方達は、程度にもよりますけど、まず特養や養護老人ホームを頼ろうとするんじゃありませんか?」
 寿美花の鋭い指摘に、好地山涼子の顔が強張った。今の今までまったく無視していたセーラー服の少女に目を留めた。
 偶然で、老後難民だの、特養だの、といった単語が出てくるわけがない。そのことを好地山涼子はよく知っていた。
「でも、特養は少なすぎて、入所したくてもできない待機者が五十万人以上いるわ。養護老人ホームにしても市町村の措置が必要のはずでしょう?」
「知っています。あなたもそういうことを知っているなら、現在、特養などが不足していて、国の方針として、在宅介護を奨励していることを知っていますよね? そのため、デイサービスセンターなどもこの辺りでもどんどん増えて、朝方や夕方ならデイサービスや介護の文字が入った車を何台も見かけます」
「……チッ。……名前、聞いてなかったわね」
 忌々しそうに舌打ちし、好地山涼子は寿美花を睨んだ。その隣にいる直次は夢から覚めたかのようにさっぱりとした顔に戻っている。
「わたしは直次くんの友達で、西園寺寿美花です」
「大具池不動産の好地山涼子よ。……西園寺……どっかで聞いたような……あっ!」
 声を上げた後、好地山涼子は余裕を取り戻していた。
「あなた、あの近所の特養の施設長の娘さんね?」
「……そうです」
 警戒した寿美花が、言葉少なに答えた。
「あなたのところ、どんどんサービスが悪くなる一方だって評判よ」
 嫌みを言われて、寿美花は苦しそうな顔をした。
「そ……それはベテランさんたちが次々に抜けちゃって、シフトが苦しくて……」
「それは言い訳じゃない?」
 ばっさりと、好地山涼子は切り捨てた。
「確かにあなたの言う通り、特養は低額ね。民間の運営する有料老人ホームよりも、公的機関が運営する特養のほうが費用が安いわ。入居金はゼロだし、月額も八万から十五万円ってところでしょう。――それで、利用者の経済的負担が少ないから、ちょっとくらいサービスを落としたって問題ないってことなのかしら?」
「ち、違います! そんなこと、わたしもママも職員さんたちだって思ってません!」
「特養の費用だって、入居者にとって決して安いもんじゃないのよ? 年金をすべて渡せば支払えるくらいの金額じゃない。ま、すべてはおおげさにしても、安くはないでしょう? そこまで信頼されておいて、施設側の都合でそんなこと言っちゃねえ?」
 寿美花は、うつむいて自分のスカートの裾を握り、耐えている。
 直次には理解できなかったが、寿美花は相当痛いところを突かれたらしい。それほどまでに悠寿美苑の人手不足について悩んでいたのかと驚いた。
「そんなに人手が足りていないのか?」
 直次の質問に、寿美花は顔を上げて短く答えた。
「ええ」
 好地山涼子が口を挟んだ。
「介護職員が腰痛になったりして、体を壊すってのはよくあるのよ。それに介護職員の給料は決して多いとはいえない。ま、人手不足になるのも当然よね」
「そんなに少ないのか?」
 脳裏に、クリスマス会で出会ったたくさんの介護職員たちの顔が蘇る。みんな忙しそうに働き、常に周囲に気を配っていた。ほんの少しのぞいた程度だが、それでも楽な仕事では決してないことだけはわかった。
「介護福祉士取得者の正社員の介護福祉士で、手取りは……そうねえ……せいぜい十五万円から十七万円ってとこかしら? 可哀想よね、悠寿美苑で働いている人たちの大半がそれと同じか、それ以下の給料でこき使われているのよ?」
「……別にそれほど少なくないんじゃ……」
「あなた、忘れてない?」
 ぴしゃりと、好地山涼子が直次の反論を封じる。寿美花はただ黙って聞いているところを見ると、この不動産屋の台詞はだいたい正しいらしい。
「特別養護老人ホームには、高齢者たちが何十人も住んでいるのよ? 当然、夜勤もあるし、日曜だろうが祝日だろうが当番もある。いわゆる変則勤務ってやつよ。肉体的にも精神的にも相当ハードなことがわかるでしょ?」
「なるほど……そういうことか……」
「で、でもっ」
 寿美花がこれ以上は聞いていられないといった様子で口を挟んだ。
「例えば、転職しにくいと言われる三十代後半の男性でも女性でも、介護業界なら資格を取って、比較的簡単に転職できるわ!」
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。