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みんなのSUMIKA

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: そばかす
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第18話

「ま、まあ……よく来たな。上がれよ。それにしてもよくうちがわかったな。家の場所まで教えてなかったと思うけど」
「古武術道場って調べたら、すぐにわかったわ。古武術道場ってとても少ないのね」
「そういや、そうか……」
 母屋に向かって直次と寿美花が連れ立って歩き出そうとすると、アビゲイルが声を上げた。
「oh! ケイコ、ワスれてるだってばよ! もうすぐケイコのジカン! トレーニングスタート!」
「いや、いい……今日は休みだ」
 母屋の玄関に向かいながら、直次は、アビゲイルに背を向けたまま、ひらひらと手を振って気のない返事をした。直次の後に続きながらも、寿美花は、後ろに立ち尽くす金髪碧眼のカナダ人を気の毒そうに見た。
「ねえ、直次くん……稽古してあげたら? あんなにしたがってるんだし、それにわたしも一度古武術の稽古って見てみたいし……だめかな?」
 ふたりの仲を取りもつように、寿美花は提案した。
 直次は足を止め、振り返り、笑顔を浮かべている寿美花と、真剣な顔をしているアビゲイルを見て、仕方ないというようにため息を吐いた。
「……わかった。……稽古をしよう」
 気乗りしない様子だったが、そう返事した。それを見て、アビゲイルは大喜びした。
「ハリーアップ、ノリツグ!」
「ハリーアップはアビーのほうだ。さっさと着替えて来いよ。いくらなんでもずぶ濡れの忍者の格好じゃ稽古はできないからな」
 喜び勇んでカナダ人は着替えるために、道場のほうに駆けていった。
 直次は苦笑して肩をすくめた。寿美花はそんな様子を見て微笑んだ。
 「俺は使えない技を覚えた、誰からも必要とされていない男なんだ」と言っていたので、もっとギスギスした空気なのかと想像していたので、寿美花は安心した。
 母屋の引き戸を直次が開け、その後ろにいた寿美花が恐る恐るといった感じで玄関を覗き込み、
「お邪魔します」
 と丁寧に言った。
「今は俺とアビーしかいないぜ。お袋は……まあ、ちょっと野暮用で親戚のところに出かけてる」
「お父さまはいらっしゃらないの? わたし、古武術道場の師範って、なんだか怖そうな男性のイメージがあるんだけど……」
「……うちはお袋だけだ。……お袋が師範なんだ」
 切り捨てるように、短くそれだけ答えた。直次の顔が、玄関の戸越しに背後から差す光のためか、暗く見えた。
「……あっ。……ご、ごめんなさい……その知らなくて……」
「いや、いいさ」
「……そのね、うちもおんなじなんだ」
「えっ」
 直次は寿美花を振り返った。
 寿美花は、目を伏せて、続けた。
「パパは小さい頃に亡くなったの。パパもママも駆け落ち同然で結婚しちゃったから、どちらの祖父母とも付き合いはなくて……だからね、なんとなくわたしにとって老人ホームにいるおじいちゃんやおばあちゃんが、家族みたいに思えてるの」
 寿美花は目を上げ、直次が怖いほど真剣な表情で口を引き結んでいるのに気づいて、慌てて微笑み、続けた。
「そっ、そんなに直次くんが、思うほど酷い生活じゃないのよ? ううん、むしろ、とっても幸せなくらい! ほら、だって、普通、大家族って言ってもお祖父ちゃんとお祖母ちゃんがひとりずつでしょ? でも、わたしにはおじいちゃんもおばあちゃんもたくさんいるから」
 健気に、笑みを絶やさずにそうしゃべる寿美花を見て、直次は視線をそらした。
「凄いな……」
「えっ?」
「寿美花って凄いよ。そんなふうに前向きに何事も捉えてて……。俺はどうも後ろ向きでうじうじしている気がする」
 直次は一本歯の高下駄を脱いで玄関に上がると、寿美花を促した。それで沈んでいた場の空気が少し変わった。
「さあ、上がってくれ。お茶くらい出すからさ」
「ありがとう、直次くん」
 母屋は木造の平屋で、寿美花には馴染みのない日本家屋だった。ある意味バリアフリーで近代的な特別養護老人ホームと対照的ともいえる造りだ。なんとなく昭和を舞台にしたホームドラマのセットのようにさえ思えた。
 台所に入ると、直次は、寿美花から頂いた菓子折りをテーブルに置き、お茶の用意を始めようとして、ふとテーブルの上の封筒に気づいた。
 その封筒を手に取って、見慣れない鳥の切手と、そこに書かれた「中国?政」と「CHINA」という文字、そして見慣れた筆跡の宛名を目にして、顔が強張った。
 世界武者修行中の兄の日向直一が、中国から送って来たエアメールに間違いない。
 封を切り、折り畳まれた便箋を取りだす。二通あり、一通は直次宛になっていた。
『ニーハオ! 親愛なる弟、直次! 兄さんはいま中国の奥地の旅を終えようとしている。中国四千年の歴史の中で磨かれた武術は素晴らしかったぞ! 俺は今まで生きてきて、お前が生まれた時の次くらいに興奮しているよ! 
 俺の子供の頃からの夢で、自分で稼いだ金での世界武者修行の旅とはいえ、愛する家族を置いて、経営難の古武術道場を放っておくことに、正直心苦しい気持ちもある。だが、この旅は日向風姿流にとっても、良い旅になると確信しているんだ』
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