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いちばん大切な日

原作: その他 (原作:ダイヤのA) 作者: gajile.
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約束

 暫く、2人は抱き合った状態で静止していた。互いに何も発することなく、何分が過ぎたか分からない。

 最初に口を開いたのは御幸だった。

「沢村」

 沢村の手は、いつの間にか御幸の背中に回っている。力を込めて、抱きしめていた。

 これが最後。本当の最後。そう思うと、心臓の辺りが痛くて、苦しい。

 後悔の念が襲う。もっと、ちゃんと話しておけばよかった。向き合っていればよかった。先輩が拒否しようと、こっちを向かせていれば、もっと何かが変わっていたのかもしれない。こんな後悔なんて知らずに、笑顔で先輩の門出を見送れていたのかもしれない。

「なぁ沢村」

 御幸が沢村の肩を掴んで、引きはがそうとするが、沢村は顔を見られたくなくて、そのまま腕に力を込めたまま離れなかった。

 引きはがそうとする御幸の手が、諦めに変わったのか、また沢村の背中に手が回る。

 沢村は詰まる喉から、深くため息をついて、自分の想いを口にした。

「お、おれ」

 声が震えている。感情のコントロールをするのに、全神経を注ぐ。

「ん?」

「俺、後輩、失格っすね」

「……何で?」

「だって、俺、先輩のこと支えるとか言っといて、なんか、途中から逃げてた……もっと、先輩と話したかったのに、球、受けてもらいたかったのに……お、おれっ……」

 視界がぼやける。御幸が卒業して、空間的にも、離れてしまうということ。鋭い痛みが自身の胸を突き刺す。その痛みを抜き取るために、声を絞り出した。

「先輩と、離れるのがっ、辛いっ……」

 涙も鼻水も、全て一緒に出てきてしまい、思い切り息を吸いこみ鼻をすする。

「いや、沢村。逃げていたのは、俺だよ」

 突然、御幸が沢村の言い分を否定してきた。

「え?」

「――俺さぁ」

 御幸の天を仰ぐ仕草が、肩を通じてわかった。

「沢村、俺、ずっと思ってたんだよ」

「何を?」

「……沢村と、――沢村の隣で生きていきてぇなーって」

「え?」

 何を言い出すのか、沢村は驚き、小さな声で「どういう意味」と聞き返してしまう。

「だからさ、沢村の気持ちさえ……この先、沢村のその気持ちさえ変わらなければ、俺と、一緒に生きていってほしい」

「……だ、え……?」

 今度は、沢村が御幸を引きはがす番だった。

 御幸はそれに従い、力を抜く。やっと互いに顔を見合わせた。

「っふ、お前、なんて面してんだ」

 自分でどんな顔をしているか、判らないが想像は出来る。慌てて左腕で濡れた顔を雑に拭い、もう一度、すぐ目の前にいる彼を見る。

 また、笑っていた。その笑みは、苦しそうな、あまり余裕のない笑み。3年間、しっかり隣で彼の表情を見てきたからわかる。こちらの返事を待つ表情だった。

「先輩の、言ってる意味が、わかんない……」

 呟きながら、心中、「本当か?」と別の自分が囁く。本当は、わかっているんじゃないか。

「先輩のそれって、聞くけどさ、先輩と後輩の関係を、ずっと続けたいって言ってる?」

 様子を窺いながら、的外れなことを聞いてみる。御幸の表情は皮肉の笑みに変わった。

「じゃぁ、その垣根を越えて、友達としてとか」

 自分で保身しながら、1つずつ関係性レベルを上げていく。御幸の表情は変わらない。

 沢村も、おもわず口角を上げてしまった。自分で浮かべた笑みは、嬉しさからくるものか、苦しさからくるものかは、この瞬間判断は出来ない。

「先輩と後輩の垣根超えて、友達すら超えて、それ以上の関係、ってこと……?」

 自分の声が震えていた。そう言った自分が恥ずかしくて、目を逸らす。口にするということは、自分がそれを望んでいるから。

「沢村」

 やっと口を開いた御幸の声に、びくりと肩が揺れる。ゆっくりと、彼に目をやる。

 バチリと、瞳が交わった。

「沢村、夏を、越えたら、聞かせてほしい」

 いやに真剣な御幸に、沢村は息をのむ。

「お前の、気持ちを聞かせてくれ」

 そう言われて、沢村は咄嗟に聞いていた。

「――あっ、……あんたの気持ちは!?さ、さっきのが、ど、どういう、意味なのか、俺、ば、バカだから、言葉にしてくんねーと、わかんねーよ!」

 この先に待ち受ける未来が怖くて、少し早口になってしまう。

 御幸は、不意に目を伏せたかと思うと、もう一度真っすぐこちらを見て、その言葉をぶつけてきた。

「好きだよ」

 苦しく、心の奥底から絞り出すように囁かれる彼の想い。

「後輩としてもだけど、友達とか、そんなんじゃねぇ、お前のこと、それ以上の意味で、好きだよ」

 沢村の心に、じんわりと染み渡るその言葉は、まるで呪文のようだ。

 沢村が呆けていると、もう一度抱き寄せられ、今度は今までよりも強く、抱きしめられていた。

「だからさ、沢村」

「……は、はい……」

 かろうじて息を吐きながら返事をする。

「今年の夏が終わったら、俺に返事を聞かせに来てくれ。お前の気持ちがどっちに転んだとしても、待ってるから」

「……ど、どっちって……?」

 聞いておかなければ、判らないこと、全て聞いておかなければ、この人はもう行ってしまう。そうわかっていても、体に力が入らない。

「沢村が、俺との関係を、このまま先輩と後輩の関係で終わらせるか、それ以上に進展させたいと思うのか。どっちに転んだって、俺は覚悟できてる」

 御幸の力も抜け、一息ついた後に、体を離される。どうやら、今のが、最後の「チャージ」だったらしい。彼は先ほどとは打って変わって、本当に覚悟を決めたような表情をしていた。

「だから、お前も覚悟キメて、夏に後悔、残すんじゃねーぞ」



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