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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第37話

 アスラム王子は聖剣バルガッソーを見た。もう一度、真の意味での聖剣バルガッソーの一撃、《神技・バルガルス》を叩き込めるか考えたのだ。どう考えても、あれほどの巨体を一撃で仕留めるのは無理だった。超王モームから情報を引き出すために長引かせた戦いのダメージが思いのほか尾を引いていた。
 アスラム王子が迷ったのは時間にして、ほんの一瞬。すぐにスイを助けるために、まず狂戦士モードになろうとした時。
《唱和せよ、雷鳴。顕現せよ、雷神!》
 聞き覚えのある呪文が響く。同時に雷のような黄色い閃光が走った。肉の触手をその閃光は叩き斬り、スイが触手から解放された瞬間、聖王騎士団の白い制服を着た人影が、アスラム王子とナハトの目の前を横切った。
 スイを助けたのはエスカリテ・S・フリード。
 エスカリテはスイを抱えたまま素早く暴走する超王モームから離れ、アスラム王子のもとに駆けつけた。
「聖王騎士団の援護はいらないと言ったはずだが」
 とアスラム王子は言ったが、その目は笑っている。危ないところを助けてくれたことに感謝しているのだ。
「……婆やとしては見守らないといけませんしね」
 エスカリテは平然と言ってのけた。
「けっこう根に持つね」アスラム王子は苦笑した。
「おい。馬鹿王子。スイを連れてさっさと離れろ!」
 ナハトの体から黒い光の柱が立ち上り始めている。
「一人で相手するつもりですか!?」
 エスカリテが驚いて声をあげた。これほどの怪物となると攻城戦レベルの作戦を練り、軍と糧食を準備しなくてはならない。もうあきらかに数人で戦うレベルではないのだ。敵はいまだにフィラーンの樹海を飲み込みつつ巨大化している。いまもアスラム王子たち一行は触手を避けつつ後ずさりしているのだ。
「いいだろう。許可してやろう」アスラム王子がナハトを見た。
「まるで俺様が何をするか分かっているようだな」
「わかっている。が、許すといってるんだ、存分にやれ」
 ナハトはアスラム王子の顔を見つめた。疑っているというよりも、なにか得体の知れないものを見るような目つきだ。
「ここは聖王都だぞ」
「ありがたいことにここは聖王都フィラーンの中でもっとも人が近づかない場所だ。存分にやれ」アスラム王子は少し真剣な目つきになった。「本来なら、これは僕の、聖王騎士団の仕事だ。――こういった魔物の処分はな」暴走する超王モームを見た。「しかも、どれほど重罪を犯したとはいえ、もと聖王の臣下だしな」
 はじめて見せたアスラム王子の譲歩。
 ナハトも律儀なところがあるので、
「そっちもさっきスイを助けてくれただろう。これでおあいこだ」
「そっか。じゃあな」
 アスラム王子はそそくさとスイを背負って逃げだした。エスカリテもそれに続く。
 その背後ではもう小山ほどにまでなった超王モームが、触手を無数に伸ばしていた。
 ナハトはアスラム王子のあざやかな逃げっぷりにあっけにとられた。もしかしたらさっきアスラム王子が殊勝なことを言ったのも自分ひとりを置いてさっさと逃げるためだったのかとさえ思った。
 ふん、とナハトは笑った。アスラム王子のことは気に入らなかった。が、しかし、いまの状況は悪くないと思う。一連の事件のカタを自分でつけられるのだ。
 ナハトの放つ黒い光が霧のように辺りに立ち籠め始めた。その黒い霧の大きさは超王モームよりもさらに巨大だった。
 その黒い霧が晴れたあとに樹海に姿を現したのは、黒いとてつもなく巨大なドラゴン。黒いドラゴンは紅玉色の目を細めて、いまもなお暴走している超王モームをみつめた。細めた目は厳しさを増したように見え、顔色など変わらない。誰が見ても、このドラゴンが今どんな思いで、この敵の前に立っているか分からない。
 しかし、スイなら、この人間など米粒にしか見えない巨大な生物が、目の前の敵を哀れんでいるのがわかっただろう。
 がしかし、黒い竜はしっかりと自分の役割を認識していた。目の前の敵はもう意志などない、かつては万民を支配する王に憧れた者の生きた屍でしかないことを知っていた。
 黒い竜ナハトは口を開いた。ぎらりとした牙が並ぶ。喉の奥に黒い炎が溜まる。
 黒い竜は、ふうぅ、とまるでため息を吐くように息を吐き出した。慎重に黒い火炎の威力を調節する。
 それでも、肉の巨大な塊と化した超王モームとその周囲一キロ四方を黒い炎で灰にしてしまった。
 ナハトは青年の姿に戻ると、さっさとその場を離れた。彼が離れる間にも黒い、決して消えることのない炎は森をさらに一キロ近く焼いた。
 黒い炎は使った者が離れれば消えるという唯一の弱点があり、ナハトが離れたため勝手に消えた。この樹海の焼け跡はのちのちまで草木がなかなか生えず、いくつもの噂が飛び交う場所となった。とはいえ、山ほどの大きさのドラゴンが黒い炎で焼き払ったに違いないと噂するような、そんな途方もないことを考えつく者はいなかった。
 ……魔王ファランクス、別名黒竜ファランクス。
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