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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第35話

「ご謙遜を。それに王はただ一人。超王はただ一人。わたくし以外にこの力を手にする者も、王になる者もいない。この肉体はね、不老不死なのですよ。わたくしは永遠に王なのです。わたくしの栄華は魔王や聖王のように一九二年程度で終わることもなく、自分の末裔に統治を任せるようなこともしません。管理して差し上げますとも、わたくしがね。わたくしの元で、人間も魔物もすべてね。そう、聖王国フィラーンも魔界もすべてわたくしのもの。その管理業務の委託くらいなら聖王騎士団がお似合いでしょう。もっとも聖王の騎士団ではなく、超王の騎士団――超王騎士団と名称を変更すべきですけどね。……ただ、聖王の血を引き、現在聖王騎士団団長であり、臣民の心の拠り所になっているあなた様にはこの世界から退場して頂きましょうか……。超王の時代に聖王など不要ですから」
 モームは勝ち誇り、自分の描いた未来図に酔っていた。そのため、アスラム王子がうつむきながら笑みをこらえているのに気づかない。
「そうか……」
 アスラム王子はうなずいた。
「ええ、その通りです」
 言葉はきちんとかみ合っているにも関わらず、心はまったく通じていない。ちょうどアスラム王子とナハトの会話と正反対だ。
「超王や超王もどきが何人もいるとなると少々骨が折れるし、また退屈な業務が増えるかと思ってうんざりしていたが、おまえ一人なら、仕方ない。僕が片付けてやる。
 聖剣バルガッソーの本当の力を見せてやろう」
 アスラム王子がそう言って、聖剣バルガッソーを天に向けた瞬間。アスラム王子の全身から光があふれだし、それが天に向かってまっすぐに伸びた。これまで見せていた狂戦士モードとは違う、さらに強烈な光。
《狂戦士モード・リミッター解除》
 固い声が聖剣バルガッソーから聞こえた。
 アスラム王子の周囲に白い光の突風が吹き荒れる。まるで白い嵐。その白い光の嵐は、周囲の木々をなぎ倒し、地を削り、岩さえも吹き飛ばした。
 さすがの宰相モームも息を呑んだ。アスラム王子と聖剣の力をよく知っているつもりだったが、これほどの力をみたのは初めてだったのだ。
「これが本当の狂戦士モードだ。……この状態ではまともな思考もできんし、寸止めなんてものもできん。あらかじめ断っておくが、遺言があるなら聞いておいてやろう」
「ほざけ!」
 アスラム王子に向かって、宰相モームが初めて汚い言葉で罵った。超王となった宰相モームでさえも感じていた。不吉な予感を。これほどの力が相手ではいくら超王とはいえ、危険が伴う。宰相モームは自分の心臓のあたりを押さえた。そこにはもう心臓はない。代わりに魔法によって造られた深紅の核――《超王の核》がある。その核の生み出す無尽蔵の魔力によって、超再生や超人的な能力を発揮していた。人間と魔物のこの四百年で進歩した、決して交わることのなかった魔法技術の粋を集めて融合させた完成品。この《超王の核》の力で超人となって、聖王も魔王も凌ぐ超王となること、それが超王計画の全貌だった。
 宰相モームは苦し紛れに叫んだ。
「そんなこけおどしが通用するものか! いまの貴様はまさしく狂った戦士。狂戦士だ! 周囲をただむやみやたらと破壊するだけしか能のないな!!」
「そのとおりだよ、モーム」
 モームの背中に冷や汗が流れた。アスラム王子の口癖だったのだ。その通りだよ、モーム。けど……、とセリフが続く。臣下の誰もが、そのとおりだよ、と囁くように言われると冷や汗を流したものだ。
「けど、方法はあるんだ」
「そんな都合の良い方法があるわけない!」
「あまりにも僕に似合い過ぎて嫌みだから……滅多につかわないんだけどね……」
 アスラム王子が、天に掲げていた剣を胸の位置に下ろし、自分自身に、ささやきかけるように言った。
「騎士道精神」
 それはただの言葉。魔法の呪文でもなければ、《ウィス》の言葉でもない。ただの言葉だ。
 しかし、その言葉をつぶやいた瞬間、アスラム王子の周囲で吹き荒れていた白い光の嵐が止んだ。上空に伸びていた白い柱さえも消滅している――いや、消滅したのではない。凝縮されて、聖剣とアスラム王子の全身を覆っているのだ。
 がくがくと超王モームは震えた。
 いま聖王騎士団団長アスラム・G・グリムナードを覆っている力は、さっきまでとは異質の強さ。無尽蔵に吹き荒れているような魔力の嵐が、たったひとりの人間と聖剣に宿ったのだ。その聖剣の一撃を受ければ、いくら超再生能力を持っている超王モームといえど、無事で済むはずがない。最悪、核を失って、死んでしまうかもしれない。《超王の核》を失えば、超王でなくなり、不死でもなくなる。
 超王モームはアスラム王子に背を向けて逃げだした。
 もともと武術など身につけていないモーム。しかもこのような戦場を経験したこともない。超人的な戦闘能力を持っているにも関わらず、動転したことで木の根につまずいて転びそうになる。
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