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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第29話

 この世は情報が支配してる。その情報をもっている者は力をもつと同時に危険もともなう。アスラム王子やエスカリテやナハトほどの力があれば自分の身を守るくらいはできる。しかし、スイにはそれができない。万が一、誘拐されて、知りもしない情報をしゃべれと強要されることのないように、情報からは完全に遠ざけるつもりでいた。それは三人の暗黙の同意でもある。もっともエスカリテの場合は、スイの身の安全もあったが、なによりも機密を人前でそうそう口にすべきではないと考えたからだったが。
「さて、狼殿がわざわざオカマにまでなったんだ、よっぽどの事情があるんだろう。単刀直入に話して頂けると助かるな」
「さすがに教養豊かな王子ともなると言うことが違うね」
 早速、二人がケンカを始めそうになったので、エスカリテは割って入った。
 割って入ったエスカリテを、アスラム王子とナハトが見た。
 エスカリテは、アスラム王子の青い瞳とナハトの紅い瞳でじっと見られて、たじろいだ。エスカリテが聖王騎士団の、しかも隊長になるほどの人間でなかったら、あまりの視線の強さに耐えきれなかっただろう。
 この二人の視線の圧力を平然と受け流し、ことある事に話に割り込んだり止めたりしていたスイのふしぎな力を、エスカリテは今さらながら感じた。なんとかふたりの青と紅の瞳を受け止めながら言った。
「いまは一刻を争う事態ではありませんが、それでも問題の重要性を考えれば、すこしでも時間がおしいというのが本音です。アスラム様にしても、今日はともかく明日以降はお忙しいはずです。無駄な時間はないはずですよ」
「そうだね。できたら今日中にこの問題すべてにカタをつけたいね」
 どこまで本気かアスラム王子はそんなことを言った。
 ナハトはしばらく思案していた。立場上、全部を全部しゃべるなどという真似はできない。それは危険でもある。
 そしてそれはアスラム王子にとっても同じ。例の計画にナハトが荷担していないと王子は確信していたが、確証はない。それにおいそれと話せる内容でもない。結果、ふたりが沈黙したまま時が流れた。
 さすがに、早くしゃべれとエスカリテはせっつくことができず、ただ黙って主であり上司であるアスラム王子の顔色をうかがうことしかできない。通常、外交の場ではこういう膠着状態が起きるのが普通だ。あいさつや食事などはにこやかに終始行われるが、互いの利害が絡み合う問題ともなれば、途端にどちらも口が重くなる。もしくは極端に軽くなって意味のない美辞麗句を並べ立てるか。有意義な議論などそうそうできるものではない。
 軽々とアスラム王子から、時にはナハトから必要な情報を引き出していたスイは、《ウィス》の才能以上に外交の能力があるのかもしれない。
 エスカリテは舌打ちしたい気持ちだった。このナハトという青年、いまは女性に化けているが馬鹿ではない、と思った。その上、腕っ節も王子と互角だったのだ。エスカリテには地位も武力も権威も役に立たない相手と戦う心得などない。初めてスイに側にいてほしいと思って、自分が、ただの田舎者の小娘ごときに頼りたいと思っていると気づき赤くなる。
 それは屈辱と怒りのためだ。
 エスカリテはこれまでにも何度もピンチを自分の力で切り抜けてきた。だからこそ聖王騎士団二番隊隊長であり、王子の側近のひとりでもあるのだ。ここで働けなくてなんのためのエスカリテ・S・フリードか! と自分を心の中で叱咤激励して、口を開こうとした瞬間だった。
 アスラム王子が、テーブルの一カ所だけ散らかった場所を見て、ちょっとだけ笑った。パンくずやスープがこぼれている席に座っていたのは、無論、スイだ。
「おかしな娘を拾ったものだね」
「ふん」と面白くなさそうにナハトは鼻で笑ったが、この言葉には素直にうなずいた。「たしかにおかしな娘だ」
「相手がお前でなくて、娘がスイでなかったのなら、……魔物が娘を拐かしたと思えなくもないんだがな」
「あいにく俺様のが美人だ。……ナルシストではないつもりだが、事実だろう?」
「フン」と今度はアスラム王子が鼻で笑った。
 アスラム王子は身を乗り出して、スイの落としたパンくずを拾う。それを一つ一つ、スイの使っていた空のスープ皿に並べる。パンくずを片づけるというより、慎重な手つきは何かの儀式を思わせた。アスラム王子の目が真剣だったので、エスカリテは自分が片づけますとは言わなかった。ナハトもその様子を見ていた。魔法のための儀式でないことだけはわかったが、突然、アスラム王子が何をはじめたのか分からない。
 アスラム王子は身を引いて、また腰をおろした。
 エスカリテとナハトはそろってスープ皿のパンくずをみつめた。なにも不審なところなどない。ただ汚れた食器にパンくずが落ちているようにしか見えない。
 エスカリテがアスラム王子に訊ねようとした時、アスラム王子がナハトに訊ねた。
「それが何か分かるか?」
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