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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第25話

 危ない真似をしてとか、人の話も聞かないでとか。その横でナハトは神妙に聞いていたが、さすがにいい加減、堪忍袋の緒が切れたらしく、うがぁ! と獣のような雄叫びをあげて、スイに食ってかかった。俺様が守ってやったんだから感謝しろよとか、俺様が負けるわけがないとか。口論は五分五分のように見えたが、ふいにナハトに一方的に言われるがままになっていたスイが涙を浮かべはじめた。「…………だって、だって、心配だったんだもん……」とぐすぐす言いながらスイが言い出すと、ナハトは慌てた。どうやら、スイの完勝らしい。
「御せられてますね」
 エスカリテがきわめて真面目な口調で言った。
 アスラム王子は、エスカリテのめずらしい冗談に「ぷっ……」と笑った。全身泥だらけだったが、ひさしぶりに良い休日を過ごしたと思った。――そう、アスラムはさきほどの戦いで全力を尽くした訳ではなかった。もし相手が全力を尽くすつもりなら、そうするつもりだったが、いくら挑発しても近くにいる連れのスイを気遣ってか、能力の半分も解放していなかった。結果、勝負はあのような形になった。
(退屈は嫌いだが……万が一にも負ける訳にはいかんしな)
 アスラム王子は、聖剣バルガッソーを軽くひとなでした。アスラム王子は自分の聖王騎士団としての立場も王子としての責務も十分理解していた。敗北は許されないのだ。
 とりあえず「超王計画」の容疑者から、後ろで笑い合っているスイとナハトを外した。魔王を超え、聖王さえも超える王を作り上げる超王計画。背後で笑うふたりにはあまりにも必要のない計画だった。もうすでにある意味、王を超えているのだ。アスラムが事実上、政治も軍事も司っている。そのアスラムをここまでやり込めたのだ。
 ふふん、とアスラム王子は鼻息を出して、鼻歌を歌い出した。エスカリテも本来なら極めて憂慮すべき事態だったが、アスラム王子に対して全幅の信頼を寄せていたので、そのアスラム王子が二人をとりあえず手もとに置くことにとどめておくつもりだけだと察して安心して息を吐いた。
 青い空にスイとナハトの声がこだました。
 そして四人はまっすぐに聖王都フィラーンの城に入っていった。

 スイとナハトが通されたのは広い客間だった。壁には古今の名画。天井には豪華なシャンデリア。絨毯は毛が長くて、足音がほとんどしない。スイは壁を見てはため息を漏らし、天井をみては恍惚とした表情をした。はじめての王宮に舞い上がっている。
 ナハトは面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。面白くないのは、この豪勢な内装に対する嫉妬心のようなものでもあったし、スイがあまりにもきゃあきゃあ言って感心しているのが気に入らないためもあった。
 二人は湯殿を借りたあと用意された服を着ていた。
 スイはナハトに言わせるとちんちくりんな格好をしているらしい。魔法でサイズを合わせてあるのでそっちは問題ないのだが……。
「それにしても……」ナハトはつぶやいてスイを見た。
「うう……」
 スイも気づいている。エスカリテの服の中では比較的華美でないものを選んでもらったにも関わらず、スイがちんちくりんに見えるのだ。あくまで迫力のある美貌を持つエスカリテが着る場合を想定した服なのだ。
 ナハトの方は聖王騎士団が訓練の時に着る服を借りている。長身でバランスのとれた筋肉のついた彼が着ると、本当に聖王騎士団の騎士のように見えた。
 スイとナハトが立っていると、客間のドアが開いてアスラム王子とエスカリテが入ってきた。
「どうだい、スイ? エスカリテの服は?」
「あ、ありがとうございます」
 スイはエスカリテとアスラム王子の両方にていねいに頭をさげた。
「気にしないで」
 エスカリテは、アスラム様の命令だから、と続けたりはしなかったが、そっけなかった。
 アスラム王子がまず席に座り、席を勧めたので三人とも腰を下ろした。
 テーブルは大きいが四人は近くに固まって腰かけた。
 アスラム王子の隣にエスカリテ、スイの隣にナハトが座った。アスラム王子とスイが、エスカリテとナハトがそれぞれ向かい合っている。
「さて、まず一応自己紹介しておこうか。僕はこの聖王国フィラーンの王子アスラム・G・グリムナードだ。そして聖王騎士団団長でもある。国王陛下、つまり僕の父はいるが、事実上、国王が必要な儀式の場以外では、僕が政治も軍事も司っている。まあ、国王の代理といったところかな。……僕の父はあまり体が強くないんだ」
 アスラム王子が語り終わると、次にエスカリテが席についたままだったが優雅にお辞儀した。
「私は聖王騎士団二番隊隊長をしているエスカリテ・S・フリードです」
 エスカリテは、以上です、と言った。アスラム王子が苦笑してスイに伝えた。
「エスカリテは聖王国フィラーンでも有数の大貴族の娘でもあるんだ。昔から何かと世話を焼いてくれてね。こうして聖王騎士団にまで入ってくれたんだ」
 アスラム王子はスイを見た。
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