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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第22話

 スイの質問には、その場にいた三人全員が呆れて口を開けた。
 大事な交渉の場の質問一回目がこれなのだ。
 ナハトはあきれ顔のまま額に手をやった。エスカリテはやっぱりこの小娘のセンスうんぬんは保留にしようと思った。ただアスラム王子だけは、あはは、と声をあげて笑った。
「そうだ。王子だ。この聖王国フィラーンのね。ついでにいえば聖王騎士団の団長もさせてもらってるよ。病に伏せっておられる陛下に代わって、事実上、僕が軍務も政務も取り仕切っている」
 笑い終わったアスラム王子は国王の代理を務めていることまで答えていた。質問に答えるだけなら「そうだ」の一言で済んだのに。
「じゃあ、次はこっちがいくよ。そっちの狼とはどうやって出会ったんだい?」
 的確な質問だった。アスラム王子ならこの質問一つで、相手が嘘さえ吐かなければ、かなりの部分が推測できた。なにせアスラム王子の頭の中には世界地図から各種統計、様々な資料まで入っている。一寒村の名前と周囲の地形まで当然のように知っていたのだ。
「えっと……パルスの森に倒れてました。かわいそうだったので、手当てしました」
 ナハトは鼻を鳴らした。フン、と。かわいそうというセリフがプライドにさわったのだ。アスラム王子は自分と互角に渡り合った相手が、不平たらたらながらも従っているのを見て笑った。
「じゃあ、今度はこっちですね」
 スイは言った。アスラム王子はうなずいた。しかし、スイはアスラム王子の質問に対して、半分も答えていなかった。「場所」は伝えたが、肝心の「いつ」なのかを伝えなかったのだ。それは無意識のスイの判断だった。ナハトはなにか秘密裏に片づけたい任務をおびているらしいことはスイにもわかっていた。そして丁寧で優しいアスラム王子が必ずしも自分の友達ナハトに対して優しくないことを理解していた。
「どうして、あたしの声が聞こえたんですか? ナハトとだけしゃべっていたつもりだったのに」
「ああ、あれか? シルフィード」
 アスラム王子がそう言うと、エスカリテは血相を変えた。シルフィードは諜報活動に重要な役割を果たす、極秘中の極秘のひとつなのだ。アスラム王子の呼びかけに応えて、緑色の薄いドレスをまとった妖精が、アスラム王子の目の前にあらわれた。大きさは手の甲ほどしかない。
 スイはまじまじとシルフィードと呼ばれた妖精を見た。背中に羽が生えていることと薄緑色の光に包まれていることと小さいこと以外、人間とそっくりだ。
 シルフィードはアスラム王子に向かって丁寧にお辞儀した。スカートをつまみ、淑女のように。
 そして、アスラム王子はシルフィードの手の甲に接吻するフリをした。本当に接吻するには王子の口が、シルフィードにとって大きすぎるのだ。
 シルフィードは薄緑色の頬を赤らめて、くねくねと踊った。
「…………こんな反則あるか……クソ王子」
 ナハトがぎりぎりスイにだけ聞こえる程度の声でつぶやいた。スイはナハトを見た。魔法に詳しいナハトがこれほど驚いているし、エスカリテの慌てようからみて、このシルフィードのようすは尋常なことではないらしい、とスイは推測した。
「あの、それでどうやって聞いたんですか?」
 広い範囲をおおう上手い質問だ。もしスイが「そのシルフィードさんが聞いたんですか?」と聞いていたら、もしかするとアスラム王子はただ「うん」の一言で会話を打ち切っていたかもしれない。しかし、スイはまったくわからない無知であるかのように聞き返したのだ。
 無知という通常なら弱点を武器としていること。
 自分が無知に見えるということを知っている、自分さえも客観的にみれる思考の広さと深さ。
 もし、エスカリテがここまで考えが及んでいたら、スイのことをただの小娘などと評価しなかっただろう。
 そしてこのスイが場の主導権を握っていることにナハトもアスラム王子もエスカリテも誰も気づいていない。
 しかもこの主導権を握るために、もしスイが最初にアスラム王子に「王子ですか?」と聞いたのなら、それはすさまじい戦略といえた。あの一言で、周囲の人間にスイは自分が無知で無能であると印象づけたのだ。しかも、元気よく笑って好意的な意味でそうとらえさせた。そしてあの質問は、エスカリテには馬鹿な質問としか思えずスイの評価を下げる一因になったし、ナハトはただあきれただけだったが、交渉相手であるアスラム王子を笑わせることに成功して、場の雰囲気をおだやかにして流れを決定づけた。
 さっきまで聖王騎士団二名と魔物とその連れは戦っていたのだ。
 それがいまでは極秘情報まで開示している。
「アスラム様!」
 さすがにエスカリテはシルフィードを見せたアスラムに怒った。
「シルフィードのことは……」
「この通り内密なものでね、他の人にしゃべらないでいてくれると助かるよ」
「はい。わかりました」
 スイは元気よく頷いて、ナハトにも「しゃべらないように」と一々注意している。
 ナハトはハイハイと返事して、もうあきれて口を開くのも億劫そうだった。
「シルフィードは、まあ、風の妖精だよ。妖精がいるというのは聞いたことあるだろ?」
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