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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第11話

 第一王子と団長のどちらの地位も多忙を極め、ふつうなら兼任などできるはずもない。
 しかしこの青年は地位、権力だけでなく、文武から芸術に至るまで才能を発揮し、そのどれもこれもが超一流だった。その上、美貌にまで恵まれている。将来はこの聖王国フィラーンの王となり、そして聖歴始まって以来の偉大な聖王になるだろうと言われている。そしてそれだけの力が確かにあるようだった。
 が、そんなことは、アスラムにとっては退屈を紛らわせる足しにもならなかった。
(退屈だ……)
 アスラム王子が何度目かのため息を吐いていると、控えめにドアがノックされた。
「入れ」
 アスラム王子がそう命じると、宰相モームが秘書を兼ねた侍女をともなって入室した。
 宰相モームは恭しく王子に頭をさげる。まるで王に謁見したかのような丁重さだ。宰相モームは決して臆病でも能力が低いわけでもない。政治に辣腕を発揮し、聖王国にこの人ありとまでいわれている人物なのだ。それでも、アスラム王子相手には丁重にならざるを得なかった。聖王騎士団団長の下にいる十一人の隊長たちでさえ、大変な権限と力をもっている。その十一人を統べる団長と王子を兼任しているというのだから、アスラム王子がどれほどの力をもっているか分かるというもの。
 モームの侍女はこうべをたれて隅に控えていた。
「どうした? 何かあったか」
 アスラム王子は宰相モームに訊ねた。
「いえ、この所、激務が続いているようすでございますので、少々お休みになられてはと忠言に参ったのでございます。もちろん、わたくしのような者が王子にこのようなことを申し上げるのは何かとお聞き苦しいかと存じますが、しかしアスラム王子のお体には聖王国フィラーンの未来がかかっておりますからな」
 アスラム王子は宰相モームをみつめた。
 よく肥えた体がどれほど精力的に動き、柔和なだけのような顔が外交の場では時には一変して、巧みに飴と鞭を使い分けるかよく知っていた。アスラム王子は宰相モームの能力を高く評価していたし、そしてそれだけの力を宰相モームは持っていた。
「他ならぬ、宰相殿の忠言なら、僕も聞くとしようかな。ちょうど今日は少し休もうと思っていた所だったし」
 アスラム王子は席を立ちながら何気なく言った。
「今年は聖歴一九二年だな」
「はい」宰相モームはうなずいた。
「何か起きそうだとは思わないか?」
「偉大なる聖王グリムナード様が、魔歴を終わらせたのが一九二年だから、でございますか?」
「ああ、そうだ」
 宰相モームは下品にならない程度に豪快に笑ってみせた。
「これはこれは、聖王騎士団団長兼聖王国フィラーン次期国王のお言葉とは思えませんな。アスラム王子が不安を覚えるなど……」
 アスラム王子は品良くほほえむ。
「そうだな」
 ふいにドアがノックされた。
「入れ」
 アスラム王子がそう命じると、一人の美女が入ってきた。
 美女は銀の盆の上に紅茶の用意をしていた。しかし、給仕ではないのは鋭い眼光からも服装からもあきらかだった。アスラム王子と同じ聖王騎士団の制服。燕尾服風の上着は同じだが、下はズボンではなく腿の中程までのスカートで白いニーハイソックスを履いている。聖王騎士団の女性の制服だ。胸には白い竜を象った記章がある。記章の示す階級は隊長。番号は二。入ってきたのは聖王騎士団二番隊隊長エスカリテ・S・フリードだった。
「お茶をお持ちいたしましたが、また後でお持ちした方がよろしかったでしょうか?」
 エスカリテがアスラム王子と同じ碧眼を細め、小首を傾げる。首を傾げた拍子に、背中の中程まである長い金髪がゆるやかに揺れた。ウェーブのかかった金髪が朝日に煌めく。
 エスカリテは自分に見惚れている宰相モームの視線に気づくと、優雅にあいさつした。
 宰相モームはエスカリテの美貌の迫力におされて多少たじろぎつつも、しっかりと宰相の威厳を保ってあいさつを返した。そして、アスラム王子に「よい休日をお過ごし下さいませ」と一礼してから去る。
 宰相モームに付き従って、ずっとうつむきがちに控えていたくすんだ赤い髪をした侍女が顔をあげた。一瞬、エスカリテと目が合った。
 エスカリテは宰相モームの侍女に目だけでうなずいた。
 宰相モームの侍女はお辞儀をすると、ドアを閉めて出ていった。
 宰相モームと侍女の足音が遠ざかると、アスラム王子がくだけた調子でエスカリテに言った。
「上手くいっているようだね」
「はい」
 ふたりの脳裏を宰相モームの侍女がよぎった。
 アスラム王子は鼻歌を歌いながら、ずっしりとした革張りの肘掛け椅子に腰をおろした。そして執務室の大きな机の上に両足をのせて、腕を頭の後ろで組んで背もたれにもたれた。
「お行儀がよくありませんわ、アスラム様」
 エスカリテがあきれたように言いながら、執務室の隅にある白い小さなテーブルに銀の盆をおろして、アスラム王子のためにお茶の用意を始める。
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