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スイと狼殿

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第8話

 スイとナハトは連れだって歩き出した。
 ナハトはスイの小さな歩幅にあわせてゆっくり歩いている。体長二・五メートルはある狼だ。普通なら歩くだけでもかなり速い。
 スイは、自分にあわせてゆっくり歩いているナハトを見て、ちょっとほほえんだ。
《なんだ?》
 ナハトはふしぎそうにスイを見た。
《ううん。なーんでも》
 声が弾むのが自分でもわかる。こんなふうに会話が楽しめるのがとても嬉しい。
 スイとナハトはとりあえず泉でのどをうるおした。スイは顔を洗った。
《これから、どうしたらいいかな?》
 スイが遠慮がちに聞いた。顔を洗っている間、ナハトはじっと考え込むように黙っていたからだ。
《ザッパーに顔を見られたんだよな?》
《ええ》
 またナハトは黙り込んだ。
《俺はどうも聖王都フィラーンに向かう必要があるらしい》
 言葉とは裏腹にナハトの声は確信に満ちていた。
《昨日の黒いおっきな獅子さんもそこにいるの?》
《わからん。が、手がかりはある》
 ナハトはちらりと聖王都フィラーン製と思われる矢を見た。矢羽根や矢じり、矢の長さなどからある程度どの地方で作られたか特定できるのだ。
 が、そんなことは説明しない。簡潔に言った。
《スイ。お前は俺様が守る。だから、いっしょに聖王都フィラーンに来い》
 このセリフがもし同世代の男性から言われたのなら、スイは感動したかもしれない。がしかし、目の前にいるのはどう見ても狼である。いくら毛並みが美しくても狼は狼。これを告白のセリフと思うほどスイは間抜けではない。
《つまり、狼殿にはどうしても外せない用事があるし、あたしのことも守らないといけないから、あたしを連れて聖王都フィラーンに行くんだね》
《ああ。……ところで、その狼殿というのはやめてくれ》
《えっ? これって、狼殿がそう呼べと言ったんじゃない》
《冗談もわからんのか》
 魔物に冗談の通じない相手と言われて、ちょっぴり軽蔑されるような視線をむけられたスイは、両手を腰にあてて怒った。
《狼さんの冗談がわかりにくいのがいけないんじゃない!》
 ちょっと傷ついたような顔をしたようにスイは思った。
 ナハトはふてくされたように、ぷいとそっぽを向いた。
 ナハトに聞いた。
《じゃあ、ナハトさんって呼んでいい?》
 はじめに会ったとき、名前は教えられないと言われたが、たまたまザッパーたちの会話を聞いて、ナハトの名前を知ったのだ。
《仕方あるまい》
 もったいぶった調子で言う。まるで王子様が家来に許可を与えるような口ぶりだ。
《ところで、他に連中の会話で俺様について聞いたか?》
《全然》
 と事もなげに言う。ほんとうに名前以外は聞いていないのだ。せいぜい魔法が使えるとか見かけに騙されるなとかくらいだ。
《さて。じゃあ、ちょっと体を洗おっか……》
 ナハトの頭をなでた。ナハトは全身、血と埃まみれだった。スイも埃まみれだ。
 スイが驚いたことにナハトの傷はすべてふさがっていた。魔法で癒したようだ。どうやら傷が治るよりも、魔法を使える力が回復する方がよほど早いらしい。
 スイが服を手早く脱ぎ捨てて、ナハトといっしょに泉に入ろうとしたら、ナハトがむちゃくちゃ嫌がった。
 スイは全裸でナハトの鼻面を両手で挟んで言った。
《これだけ汚れてるんだから、せめて血と土埃だけでも落とさないと……》
 ナハトは小さな子供がいやいやするように、挟まれた鼻面を左右に振る。
 スイがナハトの鼻面を胸に抱え込んで、泉にまで引っ張ろうとすると、
《放さんか!》
 とナハトが怒鳴った。
 スイの顔に、いたずらを思いついた子供のような笑みが広がった。
《はは~ん。ナハトってば、えらっそうなのに、水が恐いの? それともお風呂とかそういうのが嫌いなの?》
 スイが強引に鼻面を抱え込んで泉にまで引っ張ろうとすると嫌がった。鼻面にしがみついている少女くらいその気になればナハトは吹っ飛ばすことができたが、逆にいうと、そっと放させるということはできない。なにせ前脚には爪があるし、手首を掴むという芸当も不可能なのだ。
 ナハトは人間臭いため息をついてスイに従った。スイに出会ってから何度目かわからない。これまでため息を吐くようなことはほとんどなかった。魔物の中でもずば抜けた力をもっているのだから、ため息を吐くような事態には滅多にならないので、当然だった。なのに、スイと出会ってからため息の連続だ。ちょうど楽しそうなスイと対照的かもしれない。
 スイが拍子抜けするほどあっさりとナハトは泉に入り、泉に潜ったりして全身の血と汚れを落とした。
 ナハトの体についた大量の土埃や血で泉の水が汚れる前に、スイはさっさと泉から上がった。衣服を手に取ったものの、濡れたまま着ようかそれとも体が乾くのを待とうかすこし考えた。
(……まあ、最悪、ナハトに抱きついていれば、毛のおかげで風邪は引かないだろうけど……)
 ナハトが聞いたら、俺様の毛をなんだと思ってやがる! と怒っただろう。
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