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桃色パンプキン

原作: その他 (原作:デスノート) 作者: 澪音(れいん)
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じゅっこめ


「ハンナ」

俯いたままじゃいけない、そう思いつつずっしりと重くて上げることのできない頭がそのままになった。

「はい…」

「私は紅茶が好きじゃありません。ですが明日貴方の淹れた紅茶を持ってきてください」

好きじゃないのに、持ってきて?
矛盾した言葉に余計意味が分からない。

「昔、10年前にあなたが私に紅茶を持ってきてくれたことを覚えていますか?あの日、Lと私が仲違いに近い喧嘩をした日です」

覚えている。
あの日、誰と気まずくなろうが平然としていたSが、その日授業にも個人講義にも来なかった。部屋で珍しくじっとパソコンをいじることもせず膝に頭をうずめたまま動かないSに、当時はアリーと呼ばれていた彼女に大人たちは何とか彼女を元気づけようとしては空回りの繰り返しで、最終兵器であるロジャーもお手上げだった。

そんな彼女に、私は何故だか自分で淹れた紅茶を持って行ったんだ。

「アリー?」

部屋は薄暗くて、アリーは俯いたまま返事もしてくれなかった。もう一度「アリー」って呼んだら、鬱陶しそうに僅かに上げられた顔から冷たい空色の瞳が覗いた。

「なんですか」

低い声が鼓膜を震わせ、けれど何とか彼女に歩み寄るとベッドと、パソコンがぽつんと載せられたテーブルくらいしかない簡素な部屋のベッドサイドに置いてあるサイドテーブルに紅茶の入ったコップを置くと、アリーはちらりとそれを一瞥してからこれがなんだと言いたげに私を見た。

「あの、私が淹れたの。アリーに、元気出してほしくて」

ぽつん、ぽつんと途切れ途切れに言うと、アリーはまた紅茶を見た後に、また冷たい声で「下げてください」とだけ言った。

「え、あの、でもアリーご飯も食べてないしせめて」

「いりません。下げてください」

また冷たく言い放ったアリーに私はひやっと心が冷たくなるのを感じた。気づいたら「アリーのバカ!」なんて言いながら、泣いて部屋から出て行ってしまった。
…私のバカ、私はアリーにまた教室に来てほしかっただけなのに結局アリーに紅茶を飲んでもらうことも出来ずに逃げて来るなんて、そう思いながら私はアリーの部屋に戻ることは出来なかった。



* * *

「でも、アリーは紅茶が嫌いなんでしょう?あの後ロジャーに聞いたのよ」

「はい、好みではありません。ですが持ってきてほしいのです」

それだけ言ってアリーは椅子を前に戻してしまった。
あの時だって、気付いたら食器棚に戻されていたアリーのコップに、結局飲んでくれなかったんだなって察してがっかりしたのに。なんでまた、なんで、今。

「あの時の紅茶飲みました。あなたが私を利益なしに心配していたのだと後からロジャーから聞いたので。10年越しになりましたが、すみませんでした。美味しかったですよあなたの紅茶。だから明日持ってきてください」

早口で言われた言葉に私は唖然とした。
紅茶が嫌いなアリーが、私の紅茶は好きだって事?って。

「アリー、私あなたとお友達になりたかったのよ。今もその気持ちは変わらないわ」

ぽつ、っとまた弱弱しく言った私にアリーは振り向かずに「何を言っているんです」とまた突き放すかのように言葉を落とした。

「これは知り合いからの受け売りですが「友達はいつの間にかなっているもの」だそうです。お互いが同じ気持ちならもう私たちは友達なのでしょう、ハンナ」

それってアリーも私と同じ気持ちでいてくれてるってこと?そう聞きたくて開いた口は「仕事に戻りますワイミーさんに例の書類を持ってくるように言ってください大至急です早く急いで」と捲し立てられるように言われた言葉に飲み込んだ。

でも後ろから見えたアリーの耳は真っ赤で、私はたまらなく嬉しかった。

* * *

かちゃん、と置いた真っ白なマグカップは10年前からアリーが愛用しているもの。それを触れることが出来るのは昔から数少ない彼女が気を許した人間だけで。

今ティーを頼まれるのはワイミーさんと私だけ。それが嬉しくて口が緩んだ。どうやら私も幼いナナと変わらないらしい。ただ、アリーが、Sが大好きで仕方ないのだ。

廊下を歩いていると向こうからやってきたワイミーさんが書類の束を持っていて、流石だなと思った。離れていても、言わなくても、アリーの望むものを持ってくるのだから。

次の日、紅茶を持って行くとアリーはちらりと後ろを見てから緩く口元を上げた。今なら胸を張って言える気がする。私はアリーの友人であると。


* * *

「おや、Sのところに持って行くのですか?」

「ワイミーさん、お仕事お疲れ様です。よかったら」

紅茶を持って行く準備をしていたハンナの後ろから現れたワイミーは嬉しそうに紅茶をティーカップに注いで差し出してくる彼女からカップを受け取ると、ゆるりと優しく微笑んだ。

「あのSが、誰かを気に留める日が来るとは思いもしませんでした。ましてや友人を作る日が来るだなんて」

Sの気難しさに手を焼いていたのはワイミーも同じだった。彼女がワイミー以外には心を閉ざしきっていた為だ。

「でもLとは昔から仲良しでしたよ?ニアたちとも」

「彼らはまた友人とは違い、Sにとっても彼らにとっても兄弟のようなものでしょう。遠慮はないけれど、甘えることもない。Sはあの中では一番上のようなものですからね」

「私にも甘えてきませんよ、アリーは強いですから」

「さて、それはどうでしょうか。Sにしかわからないことですね」

それに困ったように笑ったハンナにワイミーは「紅茶ごちそうさまです」と去って行ってしまった。



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