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バックステージで踊れ

原作: その他 (原作:刀剣乱舞) 作者: シュワシュワ炭酸
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定説は崩壊した

 長義と肥前が転送された先は鬱蒼と茂る森の中だった。目的地である西暦1575年に恐らく無事に転送されたのだろう。
 慣れた手つきで長義は政府で配布された端末を操っていく、座標も指定された通りの場所に転移できたみたいだ。
「無事にたどりついたみたいだな。で、どうするんだ?監査官殿」
 隣で肥前が腕を組みながら聞く。
「ああ、そうだな。まずは監査対象を探しに……」
 行こうか、と長義が言葉を続ける前に向こうから騒がしい音が聞こえてきた。近くで誰かが戦っている音である。
 肥前はそう遠くない音に隠れた口元をあげた。
「どうやら、探す必要はなかったみたいだな」
「ああ、その通りだ」
 こくりと長義は頷く。
 二振りは高い木の上に登ると、政府が開発した特別な双眼鏡で遠くを見た。思っていた通り、件の本丸の部隊と歴史修正主義者が戦っているのだろう。
「あいつは……」
 中心で戦う襤褸の布を被る刀を見た瞬間、長義は自分の顔が険しくなるのを理解した。しかし次の瞬間おかしなことに気づき、長義は眉をひそめる。ふと隣を見ると肥前も不可思議そうな顔で見つめ返してきた。
 双眼鏡から除いた彼らは、まるでそこに敵がいるかのように何もない空間で刀を振るっている。明らかにこれは可笑しい状況だった。
「幻術の類か?」
「ああ、そうかもしれない」
 長義はそう言い返す。幻術を使う敵の報告は今までされておらず、恐らく初めての観測だ。これも政府に報告するべきかと考えていた時だった。
「おい、あいつら移動したぞ」
「俺たちも追おう」
 人間では到底追いつけない速さで二振りは移動する。追いついたと思うと、崖の淵に部隊は追いやれていた。敵は今度こそ恐らく本物の実態があるのだろ。長義たちの肉眼でもその存在ははっきりと映っていた。
「幻術でうまく誘導し、追い込むっていうのは厄介だな。今までにない敵だ」
 長義はつぶやく。今まで観測されている敵は、ただ獣ののように刀を振るう敵が多かった。布陣を組むことや、奇襲をしかけるなどある程度の知能は備わっているようだが、どちらかというと刀としての本能が強いと思われてきた。しかし幻術を使い、知能が高い敵がいたという事実は帰ったら政府に報告するべきだと長義は冷静に考える。
「あいつ、落ちたぞ。これは死んだな」
 長義は思考を巡らせていたため、肥前の言葉ではっとなり、双眼鏡で除く。見るとあの襤褸布を被った刀が真っ逆さまに崖の下へと落ちていく。その瞬間、長義は自分の心臓が珍しく逸るのを感じた。
「下にいくぞ」
「は?」
「とりあえず奴を探す。崖から落ちたが下は川だ。普通の人間なら死ぬが刀剣なら頑丈だ。それぐらいじゃ死なない。恐らく発見が早ければ奴も命拾いするはずだ」
 長義が言った瞬間、肥前は信じられないといわんばかりに見つめかえす。
「おい、俺たちの任務はこの部隊の監査だ。しかも政府が仕えている刀剣以外に俺たちが姿を見せることは禁止されている」
 肥前の言うことは最もだった。山姥切長義と肥前忠広は一般の審神者には公開されていない、政府が秘密裏に顕現した刀剣である。任務上は仕方がないとしても極力、本丸の刀とは接触しないように命じられている。
「政府が俺たちに命令したのは『歴修正主義者と繋がりのあるかもしれない本丸の監査』だ。別に干渉はするなとは言われていない。それに俺たちが刀剣と接触したとしてもこの姿で誰かなんてわからないさ」
 黒いグローブを嵌めた両手を横にかざす。長義は青い裏地が入った白い布を被り、瞳にはアイマスクのようなものをつけている。ちなみに布は特別な術が施されており、他者の認識を阻害する仕組みになっている。
「今、一時だとしても君は俺の部下だ。俺の命令には従ってもらうよ」
「はあ……わかったよ」
 仕方がないとため息を肥前はつくと、にやにや笑いながら長義の方を見た。
「それにしてもお綺麗な優等生のあんたが違反すれすれの行為をするのは珍しいな、よっぽど山姥切国広が気になるのか?」
 ふんとその問いに鼻を鳴らし、長義は不機嫌に答える。
「あまりにも無様な死に方は癪に障るだけだ」

 急いで崖下に降り川の下流を探したところ丁度、山姥切国広は案の定流されていた。しかし、幸運だったのは太い木の枝に頭巾がひっかかっており、そこでこれ以上流されず発見することができた。川の勢いは激しかったが二振りがかりでようやく川岸まで連れていった。
 本体の刀が無事だったためか、身体は冷たく唇も青かったがひとまずは生きているようである。しかし気絶しているためか、翡翠の瞳は固く閉ざされていた。
 応急処置として長義は崖に転落した際にぶつけて血がでたであろう足や腕に包帯をまく。気絶しているのは好都合で、冷たい身体を温めるために外套を脱ぎ国広の身体にかけた。
「随分と甲斐甲斐しく世話するな、それとも山姥切国広だからあんたは気に掛けるのか?」
 隣で肥前がからかう。しかし長義にとってはどうでもいい。
「俺はこいつが嫌いだ。しかしこんなところで死ぬ刀ではないと思っている」
「それはこいつが写しだからか?」
「想像にお任せするよ」
 笑いながら長義が言った瞬間、背後から何か恐ろしい気配がし、二振りは刀を咄嗟に構える。後ろを振り返ると、烏帽子を被った落ち武者のような異形がいた。敵の太刀である。しかし、普段の敵の太刀とは違い何かおどろおどろしい気配を感じた。
『ハナシアオウジャないか、ワレガ友』
「喋った?」
 驚いたように長義は目を丸くする。肥前も同じく何といえばいいかわからないようで、無言で驚いていた。今日までに敵側が喋ってきたという事実は政府にもない。しかし、現に敵はしゃべりかけてきているのだ。
 『歴史修正主義者はしゃべらない』
 政府の定説が崩れた瞬間だった。
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