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バックステージで踊れ

原作: その他 (原作:刀剣乱舞) 作者: シュワシュワ炭酸
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刀剣の監査官

 これは華々しい舞台の裏側で活躍するモノたちの物語である。

 どこまでも続く無機質なうぐいす張りの廊下を一人の男が歩いていた。男の軽やかな足取りと共にきい、きいと古くも甲高い木の音が響き渡る。
 その男はとても美しかった。アシンメトリ―な銀色の髪に、青い瑠璃色の瞳。真っ白い肌。優等生の如くきっちりと自身の戦衣装を翻し、男はためらいもなく奥へと進んでいく。端麗な顔は一層高慢と呼べるほど自信に満ち溢れた笑みを浮かべていた。
 腰に差した刀は、男の動きともにわずかに揺れる。この刀は男にとっては命より大事なものである。何しろこれはこの男のそのものであり、本体でもあるのだから。
 やがて長い廊下の最奥に襖が現れた。白い襖である。しかし、特別な術式が施された襖である。男は躊躇いもなく、膝をつくと襖の奥にいるであろう人物に声をかけた。
「監査官山姥切長義、参上仕った。お目通り願いたい」
「入りなさい」
 部屋の中から若い女性の声が聞こえてきた。
 山姥切長義と名乗った男は、静かに襖を開けると礼をし部屋に入ると平伏した。
「山姥切長義、顔をあげなさい」
 すっと長義は面を上げた。長義の視線の先には、上段の御簾。降ろされた御簾の中に居るであろう若い女性の顔つきや表情はここからでは見ることはできない。
  彼女は審神者と呼ばれる存在である。審神者は古代の神道において神託を受け、人々にそれを伝える者であると日本の歴史書には記されている。しかしこの西暦2205年の時の政府が定義する審神者とは、眠っている物の思いや心を目覚めさせ、戦う力を与え、または具現化させることができる者を示している。
 この審神者の力によって目覚めさせられた存在こそ『刀剣男士』と呼ぶ。
 『刀剣男士』とは、この日本の歴史の中で名を遺した刀が付喪神として顕現された存在。
 例えば、かの有名な沖田総司が振るったとされる『加州清光』
 例えば、かの有名な魔王織田信長の短刀であった『薬研藤四郎』
 例えば、かの有名な天下五剣の中で最も美しいとされる『三日月宗近』
 歴代の名将に愛された刀からもう現在では行方知れずとなった刀まで、日本の古今東西有名な刀は刀剣男士として実体を持ち、戦う力を得ている。
 この山姥切長義もその一振りである。彼は山姥を斬った山姥切としてまたは備前長船の刀工長義の傑作として名高い歴史ある刀の一振りであった。
「貴方を呼んだのは他ではありません。貴方にはこれからある本丸‹1›を極秘で調査してもらいたいのです」
「それはつまり直接、その本丸に行って調査しろということかな?」
「いいえ、その本丸の部隊が出陣している際に偵察をして見極めて欲しいのです」
「何を見極めれば?」
 御簾の奥でか細い笑い声が聞こえた。
「もう貴方なら答えはでているはずだと思いますよ」
「答え合わせは必要だよ」
「では答え合わせです。その本丸は歴史修正主義者に寝返っている可能性があると密告がありました。だから貴方にはこっそりとその部隊の様子を監視し、見極めたうえで政府に報告して欲しいのです」
「密告?」
「ええ、密告です」
 ふむと、長義は美麗な眉をひそめた。密告とはどういうことだろうか。
「それは誰からの密告かな?」
「その本丸と同盟関係にあたる本丸の審神者です」
「それはただの証拠のない申告だろう」
「申告した審神者が言うには疑いがかかっている本丸の刀剣たちが出陣の際、敵と手を組み自身の刀剣へ攻撃をしかけてきたという証言があります」
「でっちあげの可能性は?そもそもそれは証拠にもならないことだ」
「虚実、勘違い、その可能性も十分にあります。実際それは証言だけで証拠は何一つありませんしね。しかし本当じゃないという確証もありません。現にその疑いがある審神者は最近、親しい友人を亡くしたという話もあります。友人を生き返らせたい、死んだことをなかったにしたいと思っても不思議ではありません。グレーだとしても疑わしきものは調べなくてはいけません。ただでさえ、戦力は向こうの方があるというのに内部から裏切り者がいたとなれば更に戦況は絶望的になります」
 時の政府が多くの審神者に刀剣男士を目覚めさせるように命じた第一の理由は、日本の歴史を守護するためである。謎の勢力である歴史修正主義者は、日々活発に歴史を改ざんするために各時代に時間遡行軍‹2›を送っている。
 もし、あの織田信長が本能寺の変で死ななかったら
 もし、徳川幕府が維新により終わらず続いていたのなら
 もし、関ヶ原の戦いが西軍の勝利で終わったのなら
 歴史には様々なIFが存在する。そのIFが現実になってしまった場合、正史を積み重ねてきた現在にも影響を及ぼすことになってしまう。それを政府は懸念をしているのだ。
「なるほど、君たちの考えはよくわかった」
 要するに長義はその本丸を見極め、敵か味方かを報告すればいいのだ。
「ええ、わかっていただいのなら結構。それに監査官である貴方にはぴったりの仕事だと思います」
「確かに監査官である俺にはお似合いの仕事だ」
 長義はそう言うと肩をすくめた。
 山姥切長義は政府直属の審神者によって顕現された珍しい刀剣男士の一振りである。他の刀剣のように使役される立場だが、監査官という職を政府から任命されている。しかし一般の審神者に顕現され、戦場で華々しく戦う多くの刀剣男士とは異なり、裏でそれを支える黒子のような役割をもつ刀剣だった。
「なお、貴方の下に調査員が一振りつくことになっています。くれぐれも失敗は許されません」
「わかっているよ。持てるものこそ与えなくてはね。俺に任せてもらおうか」
 一層清々しくも山姥切長義は笑う。この誰にも臆さない高慢な態度こそ山姥切長義の強みであった。


注釈
‹1›本丸……審神者や刀剣男士の本拠
‹2›時間遡行軍……歴史修正主義者の別名。時間遡行を繰り返しながら、日本の歴史を改変するべく日々兵を過去や未来に送り出している。刀剣男士や審神者が倒すべき存在。
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